ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


自己紹介とこのブログの内容についての説明は こちら。

[読書]ようこそ女たちの王国へ

 

ようこそ女たちの王国へ (ハヤカワ文庫SF)

ようこそ女たちの王国へ (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 男が圧倒的に少なくて女ばっかりの世界。それを「すばらしい!」と感じるか「地獄だ!」と感じるかは人それぞれだろう。僕は女性が苦手なのでどっちかっていうと後者なんだけど、個人的にはこれを喜べる人は単純に羨ましいと思う。ただ、男が極端に少ない世界では男に希少価値というものが生まれて割と重宝されるものらしい。それはそれで興味はある。
 『ようこそ女たちの王国へ』はそんな世界の物語。ライトノベル風の表紙とタイトルで勘違いされがちだけど、結構ちゃんとした小説である。アメリカの女性作家ウェン・スペンサーによる2005年発表の小説“A Brother's Price”の邦訳だ。

 

 男性の人口が全体の5パーセント以下の世界。そこでは政治から家庭に至るまで女性が大きな権限を有している。主人公ジェリンは30人に及ぶウィスラー家のきょうだいの一員だ。もちろんきょうだいの大半は姉妹たちで、そんな大所帯を統べるのはエルデスト(長姉)である。やがて成人を迎えるジェリンはどこかの家の姉妹たち(20~30人)と結婚するか売りに出される予定だ。

 ある日家の近くで何者かに襲われ重傷を負った女を救助したところ、それが国を統治する王家の一員、つまり王女様の一人だったことからジェリンは王室を巻き込んだ思わぬ冒険をすることに。

 

 舞台は恐らく異世界。中世ヨーロッパ風のような西部開拓時代風のような、そこらへん詳しくないんでちょっとよくわからないが、何となくそんな雰囲気の時代である。もしかしたら僕らが暮らすこの世界の、違う時代の物語なのかも知れないけど、なぜ男が極端に少ないのかという理由が作中では一切明らかにされていないのでそれは不明だ。ウィルスによる感染症とか遺伝子の変異とか理由をつければSF的な評価は高くなったかも知れないが、そうではないのでSF界からは否定的な書評も多かったらしい。

 それなら開き直ってファンタジーとして読んでしまえばそれはそれで面白いのだけど(実際ハヤカワ文庫FTから刊行されてもおかしくないと思う)、しかし「男が極端に少ない世界では社会の仕組みはどうなるのか」という想像上の実験だと捉えてみると、凡百のファンタジーとひとまとめにしてしまうのは何とも惜しいのだ。

 

 男女比に大きな差がある世界とは前述の通り、男に希少価値が生まれ、女が男を資産として取引の材料にする世界である。原題を直訳すると『男の価値』ってなもんである。男女比が政治や社会だけでなく経済の仕組みさえ変えてしまうのだ。大切な財産であるため男は幼少から箱入りで育てられ、危険な事には近づかないように躾けられている。よって軍も女性の職業とされている。
 そんな世界での主人公の冒険譚は、アクションの迫力だけでなく奇想天外な驚きを読者に与えてくれる。特に、重要なんだけどどうしても避けられがちな性的な事柄もキチンと描写されているのは興味深い。例えば主人公が父親からベッドのテクニックを伝授されてたりね。無論ハードな描写などないのでそこらへんは期待するだけ無駄ですが。

 ここで絶妙だなあと思うのが、この世界では恐ろしい性病が蔓延しているという設定。そのため、女達は男なら誰でもいいという訳ではなく、純潔性に男の価値を見出している。何しろ一人の男を数十人の姉妹が同時に夫として共有する世界である。病気なんか持たれていたらひとたまりもない訳で。そんな設定のお陰で、セックスに関わる事も正面から描きつつポルノチックになってしまう事を回避している。
 そんでもって物語はやっぱりラブロマンスが絡んできて何やらハーレクイン的になってしまう。少女マンガ要素も若干強めなのでそういうのが苦手な人はダメかも。主人公が美貌だけで王女たちに気に入られる展開とかね。なんか胸の奥がザワザワします。

 

 そうはいっても、繰り返しになるが単なる異世界ファンタジーとして片づけるのはちょっと惜しい意欲的な作品である。表紙イラストと邦題でだいぶ損しているような気がするが、どうやら作者(女性です)は割と気に入っている様子。はてなキーワードによると作者は、邦訳版ではタイトルが“Welcome to the Women's Kingdom”になっているという事をファンから教えられ、逆に喜んでいたそうだ。表紙についても本人がアニメの大ファンだそうで、アニメっぽいイラストを気に入っているとか。わからんもんだなあ。

 でも確かに米アマゾンなんかで英語版の本書の表紙を見てみると、ヒロイックファンタジー風の予想外な表紙になっていて、こんな小説でさえハリウッド的マッチョイズムの思考回路でイラストをつけるとこうなってしまうのかと逆に衝撃だった。知らんけど。

 後半、エルデストの「男前」な活躍には痺れます。第3回センス・オブ・ジェンダー賞海外部門大賞受賞作。