[読書]映画:ブレードランナー
たぶん中学生か高校生の頃だったと思うのだけど、地元の図書館でこの本を見かけて、「あれ?『ブレードランナー』のノベライズって単行本で出てたっけ?」と手に取ったのが読んだきっかけだった。
中身を読んで全然違う話じゃねえか!と何故か騙された気分になったものだけど、当時はストーリーもよくわからずあまり内容は理解できなかったのだ。
今読むとその異様な熱気を持った作品世界に圧倒される。
『ブレードランナー』はウィリアム・S・バロウズが1979年に発表した“Blade Runner(a movie)”の邦訳である。西暦2014年の荒廃したマンハッタンを舞台に、地下に潜伏した医療制度と暗躍するアウトローたちを描いている。
少し説明する。タイトルを聞いて多くの人は1982年公開の映画『ブレードランナー』(リドリー・スコット監督)を思い浮かべるが、内容的には両者に関係はまったくない。
実はバロウズ版『ブレードランナー』は、別のSF作家アラン・E・ナースが1974年に発表した小説“The Blade Runner”から設定とタイトルを拝借している。僕はナース版の方を読んでいないので内容についてはわからないが(未訳)、ナースの小説を映画シナリオ風に書き直したものがバロウズ版という事らしい。訳者の山形浩生も訳者あとがきで本書の形態について<映画の脚本と小説の中間みたいなもの>と述べている。
だから表紙や奥付では単に『ブレードランナー』と表記されているが、本の扉部分等では『映画:ブレードランナー』と表記されている。原題には“a movie”が付いているから、この方がニュアンスは近いと思う。
そして1980年代、当時まだタイトルが未定だった映画『ブレードランナー』の製作スタッフがナース及びバロウズの作品に目を付け、その響きのカッコよさから映画のタイトルに採用する事を決定したのである。正式に法的な手続きを経た上で「ブレードランナー」の語を使用しており、映画のエンドロールではナースとバロウズに謝辞が述べられている。
つまり題名の響きがいいから映画でも使われた、というだけの話なのだ。
とはいえ「ブレードランナー」という抜群にカッコいい言葉を発明したナースと、それを基にクールな作品世界を構築したバロウズの凄さを実感する。
本書は長めの短編か短めの中編くらいの長さで、読むのにあまり時間はかからないがそこに書き込まれた物語の密度は濃密だ。
2014年。マンハッタンはかつての暴動の傷跡も生々しい。動いている地下鉄は一路線のみ。うち捨てられたトンネルでは住人たちがドブネズミや野犬にエサをやっている。人口過剰と官僚主義、製薬会社の思惑は医療制度の崩壊を招いた。1999年に施行された国民健康法修正条項は医師の個人治療を禁止。また「不適格者」は去勢に同意しない限りどんな医療サービスも受けられない事になっているが、不適格者の定義はあいまいだ。例えば「黒んぼ」「インド人」「おかま」「ヤク中」「気狂い」……。
必然的に医薬品は地下で流通、医者も闇診療を行っていた。そんなアングラ医療の現場で欠かせないのが「ブレードランナー」である。薬や器具、設備を供給元から患者や医者や闇診療所に輸送する運び屋である。非合法手術用具や薬品の所持は医者なら重罪だが一般市民なら大した罪ではない。またブレードランナーはほとんどがティーンエイジャーなので逮捕されても厳しい罰は受けないのだ。
そんな世界で、ゲイのブレードランナー・ビリーは、猛威を振るう「加速癌」に対するワクチンでもあるウィルス「B23」の散布というミッションに関わるのだが……。
猥雑で混沌として悲惨で破滅的な物語だ。何とも独特でイカれた居心地の悪さを感じる。読んでいるだけで汚れた空気が肺に侵入してくるような錯覚を起こすが、それはこの小説が都市そのものを描いた「都市小説」でもあるからだ。
ストーリーはどんどんわけわからなくなっていき読者を置いてけぼりにするが作者は頓着しない。そして衝撃のラストシーンへと至る。
ただ訳者あとがきでも書かれている通り、非常に映像的でまた脚本的でもあるのでそのままこれも映画化できそうではある。クローネンバーグあたりにぜひ(『裸のランチ』の記憶)。
さて現実は2015年。アメリカではオバマ大統領が医療保険制度改革を実施。一方世界ではエボラ出血熱が大流行。昨年日本国内ではデング熱ウィルスが感染拡大するなど小説に負けず劣らず奇妙な事になっている。別に物語と現実を重ね合わせる必要は無いが、あり得たかも知れない2014年に考えを巡らせてみる。
バロウズ作品の中でも注目に値するものだと思うけどな。どこか文庫に収録してくれないだろうか。無理だろうな。