ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]ダイナー

 

ダイナー (ポプラ文庫)

ダイナー (ポプラ文庫)

 

 

<でも、本当を言うと唾が後から溢れて仕方がなかった。ふかふかの茶色いバンズとその間にぎっしりと詰まった新鮮な野菜にジューシーなパティ、それらを包み込んでいるチーズ>(p105)

 報酬30万といういかにも怪しげなアルバイトに手を出したのが運の尽き。案の定、口にするのも憚るような悲惨な目に遭うカナコ。世の中うまい話なんかあるわけない、考えればわかることだ。オオバカナコ……そう、私は大バカな子。自分でもそう思う。その名が示す通り、下らない人生を歩んできた。それでも生き延びるために咄嗟に吐いた一言が、カナコの人生をさらに大きく捻じ曲げていく。
 殺し屋が集まる闇の洋風食堂(ダイナー)。会員制のその店では異常な人間が夜な夜な集まっては、極上の料理に舌鼓を打つ。しかし客層が客層だけに殺人も日常茶飯事。そんな店ではウェイトレスの命などハンバーガーよりはるかに安い。
 

 これはそんな環境で働く事になったカナコを描く小説だ。彼女は日々死の恐怖と直面しながらも持ち前の機転で生き延びていく。

 「キャンティーン」(水筒)と名付けられたその店で料理の腕をふるうのはボンベロと呼ばれる男。自身も殺し屋だった過去を持つこの男の店に集まるのは、異常者としか言いようのない奇妙な連中。ただの殺し屋ではなく快楽殺人者に近い。
 だからこの小説には、平山夢明らしくハードにグロテスクな殺人シーンや拷問シーンが頻繁に登場する。無国籍風で個性的な登場人物たちは、読者が逆に感心するくらい豊富なバリエーションで人を苦しめ、殺めていく。
 ただそれだけなら単に過激なノワール小説として片づけられていただろう。この小説が特異なのは、これだけ狂気に満ちた世界を描き丹念に書き込んでいるにも関わらず、同時に読者に「食欲」を催させる、という点だ。

 普通この類の小説を読むと食欲が失せてしばらくは肉を見るのも嫌な気分になるものだが、それ以上にボンベロの作る絶品料理の数々があまりにもリアルに描写されるものだから、グロシーンの気色悪さをシズル感たっぷりに描写される料理シーンが打ち消してしまう。だから読者に目を背けさせず、ひいてはグイグイと先を読ませてしまう。簡単に書いたがその力技は恐るべきもので、筆致は並大抵のものではない。第13回大藪春彦賞・第28回日本冒険小説協会大賞のダブル受賞は伊達ではない。
 そしてまた、絶体絶命・起死回生が連続し、驚くことに所々ギャグやユーモアが散りばめられた起伏のあるストーリー展開はこれまた物凄く面白いので、読者はますます引きこまれて最後まで読まされてしまう。あとがきで作者自身が語っているが、これはまさに作者の狙い通りなのだけど。

 物語はほぼ「キャンティーン」の店内で進行する。そこに様々な客が訪れてくるのだが、舞台が演劇のように一か所に固定されている以上、相当な技巧が駆使されている。ハードなグロ描写という飛び道具で読者の首根っこを掴むと、今度は美味そうな料理の描写で虜にするというある意味魔術的な筆致である。500ページを超える厚さでありながら圧倒的スピード感で読ませるのだ。
※しかしグロすぎて絶対映像化はできないだろうな。三池崇史あたりならやりそうだけど。

 ボンベロの属する組織の掟、そして闇社会の有象無象。僕らが普段接することのない奈落の底の世界に放り込まれたのがカナコという「こちら側」の人間なのが生々しい。常に「何か起こるぞ」感が張りつめていて、コトが起こるとまるで冗談のような惨劇シーン。惨状すぎて逆に現実感がないのが怖い。
考えてみたら食欲というのは「生」に関わる根源的な欲求な訳で、「死」と隣合わせの状況に陥った時にその輝きが一層強く放たれるのは当然なのかも。

 さらに驚くのは、この小説には微かにラブストーリー的要素も含まれている事。物語も後半になると、元殺し屋ボンベロが料理と闇社会に向き合うストイックな姿勢の端々にちょっとした変化が現れるようになる。それは明らかにカナコという異分子が「キャンティーン」に紛れ込んだ事によるものだ。
 大バカな子と自嘲しながらもなかなかの判断力で生き延びるカナコの姿は、「強い女」と一言で片づけてしまえないような、不思議な魅力を持っている。そんなカナコがボンベロの心理に与えた変化。この関係ってなんか『レオン』ぽいなーと思ったのだけど、映画通の作者のこと、本当はそんなメジャーな映画ではなくてもっとマニアックな映画の要素が投影されているのかも。

 まあでも結局はフィクションなのだから読み手は極上の料理を味わうようにこの小説を楽しめばよい。バイオレンス小説であると同時に料理小説でもあるという、ありえない小説に出合った驚きを。

 余談だが、この小説では何故か「馬鹿」の文字は使われず「莫迦」の字があてられている。何か理由があるのかな。

 

 2009年ポプラ社より単行本刊行。2012年ポプラ文庫で文庫化。