ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]同姓同名小説

 

同姓同名小説 (新潮文庫)

同姓同名小説 (新潮文庫)

 

 

 川島なお美広末涼子小泉孝太郎松尾スズキ初の短編集に収められた各作品には、有名芸能人たちが登場……という訳ではなく、あくまで彼らは<同じ名前の別の人>なのだそうだ。
 演劇界の鬼才が放つのは、奇天烈な『同姓同名小説』。あの人と同姓同名の人が抱腹絶倒の活躍をする短編を13編収めている。

 

 いやいやこれってどう見ても本人やん!などとツッコんだら負けである。深く考えずに有名芸能人(と同姓同名の人)が繰り広げるドタバタコメディを楽しめばいい。軽妙な筆致で爆笑のストーリーが紡ぎ出されていく。

 上祐史浩田代まさしといった際どい面々を臆することなく取り上げているのも松尾スズキらしい。最初に取り上げられているみのもんたも、今となってはである。
 こういう、取り上げる人物のチョイスが絶妙なのである。荻野目慶子とか竹内力とか中村江里子とか、脇役だけど原田理香とか、そうきたか!という意表の衝き方が良い。
 他にも文中の比喩表現で<『ディアマンテス』のライブのクライマックスのごとし>(p186)という言いまわしが出てきて、その登場するタイミングに笑った。

 登場人物が芸能人と同姓同名、と聞いて僕が真っ先に思い出したのが津原泰水の幻想的短編「聖戦の記録」(創元推理文庫『綺譚集』所収)だったのだけど、もちろん感触は全然違います。ああいうのは期待しないように。

(感触は全然違うけど「聖戦の記録」は、近所のペット戦争を独特の魔術的な文体で書き込んでおいて何故か美しい神話のような余韻を残す、というシリアスなのかギャグなのかよくわからないアクロバティックな作品。未読の人は一読の価値あり)

 

 作中、芸能界を知り抜いた松尾スズキは的確な人物評をさりげなく繰り出している。あくまで本人ではなく「同姓同名の別の人」なんだけど……。そしてそれを笑いに変えるセンスが只者ではない。それって「芸能界」という不思議な場所の滑稽さを遠回しにネタにしているようで、何気に切れ味は鋭い。で、繰り返すがそれが笑いになっている所が彼の本領発揮なんである。

 なもんでやりたい放題やっている。「田代まさし」の話なんか、わざわざ前後編に分けているのに後編で続きを書くのを放棄して好きな事を書き散らす、という荒技をやってのけている。いいのだろうか、と思うがこの作者ならいいか、とも思う。

 失言で深夜番組『トゥナイト2』を降ろされた「乱一世」の話なんか、面白いんだが冷静になってみると空恐ろしいラストである。

 また「モーニング娘。」の話では中年男の情事とアイドルグループの趨勢の関係性が描かれているんだけど、バカバカしさの中にどこかトマス・ピンチョンの『重力の虹』のような不安感を覚えました。たぶん穿ち過ぎだけど。

 

 この小説は音楽雑誌「BUZZ」1999年7月号から2002年7月号に連載されたものだ。当時の編集長の言葉によると<人を愛して愛して愛しすぎて、(松尾)氏の妄想と欲望の産物である架空の小説世界の中に登場してしまった>(松尾スズキ公式サイト「松尾ヶ原」より ※更新停止中)という事なのだそうだ。

 うむ、確かに愛は感じる。愛のあるイジり方だ。それぞれの人物の描き方には相当な思い入れがあるんだろうな、とは思う。思うが……。

 

 そんなこんなでハチャメチャやってきた作者が最後に責任取るように題材にするのは「松尾スズキ」。本人だ。血圧を気にする齢になった松尾氏は兄の人生を振り返る。自分さえもネタにし、虚実が入り交じった怪しい物語は収束していく。

 作中の主人公を実在の有名人(と同じ名前)にしてしまう事は、読み手がその人物を想像しやすいので作中の世界観に入り込みやすい。一編ごとにエッセイ風だったりシュールだったりと文体が変化するが、違和感なく没入できるのはやはりそのキャラの名前が持つ力なんだろうな。

 まあ各編がそんなに長くないので読み疲れないというのも大きいんだけど。

 有名人をネタにしている以上、世相や時代性が強く刻み込まれているのも特徴だろう。上祐史浩のエピソードでは、平田信高橋克也菊地直子といった面々がまだ逃亡中だし、中村江里子がなんかのレッドカーペットをドレス姿で歩いている姿も最近は見かけなくなった。テレビというメディアが作り出した芸能界という虚栄の世界を、演劇界出身の作者は茶化していく。

 

 2002年にロッキングオンから単行本刊行。 坂本千明という人によるイラストも有名人の特徴がコミカルに再現されてていい味を出していた。2008年新潮文庫で文庫化。

 

 90年代の後半から2000年代の前半にかけての、そんな世の中の趨勢も読みとってみるのも一興。あまり真剣に考えずに大笑いしながら読める小説として単純に楽しむのも正解。読んだ後の何とも言えない気分はどうも説明し辛い。

 

<なんでしょう。なんだろな。どういえば納得してもらえるんだろう、この気分>(p119)

 

 こっちのセリフだ!