ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]GOTH

 

GOTH 夜の章 (角川文庫)

GOTH 夜の章 (角川文庫)

 

 

 独自の作風で人気の作家、乙一の衝撃作である。1996年に死体の一人称というトリッキーな技法をいきなり使った『夏と花火と私の死体』でデビューして以降、どちらかというと胸を締め付けるような切ない系の作品を中心に出してきた作者だが、2002年に刊行した本書で凄惨かつグロテスクな犯罪を描き第3回本格ミステリ大賞を受賞した。人がたくさん死に、内蔵がぐちゃぐちゃと出てくる物語だ。

 

 本書は主人公である「僕」とそのクラスメイトである「夜」が巻き込まれる6つの事件を描く。

 ごく普通の高校生の「僕」は、実は心の中で人間の持つ闇の部分に興味を持っている。そんな「僕」の性向を見抜いた同級生の女子「森野夜(もりの・よる)」は、「僕」に興味を抱いているらしく、2人は何かと会話を交わすようになる。それはある種の共感のようなものかも知れなかった。

 そしてある日、「夜」は最近起きている連続殺人事件の犯人のものと思しき手帳を拾う。彼女は「僕」とともにその手帳に書かれた死体を探しに行くのだが……。

 

 2人が遭遇する事件は気分が悪くなるようなものだが、2人の心理は至って淡々としている。まるで夏休みの自由研究でもするように残虐な事件を観察していく。それは純粋に興味本位であり、その性格から奇怪な事件に巻き込まれてしまうこのになるのだ。犯人たちもまた普通の心理では理解できないようなヤバめのキャラばかり登場するのだが、しかし僕は読んでいてそれまでの乙一の作風から大きく外れているという印象は持たなかった。切ない物語も残酷な物語も同じ筆致で書いているのだな。

 タイトルの「GOTH(ゴス)」とは作中でも説明されているように「GOTHIC(ゴシック)」の略で、作中に曰く「文化であり、ファッションであり、スタイル」なのだそうだ。どういう事かと思うが、まあWikipedia的には<例えば闇、死、廃墟、神秘的、異端的、退廃的、色で言えば「黒」といったイメージ>なのだそうだ。

 で、この小説において「GOTH」とは、「人間の暗黒」という意味で使われているようだ。人間の暗黒とは、例えば車に轢かれた犬や猫の死体をつい見てしまうような、闇への興味のことである。

 

 この本の主人公コンビは人の死体や異常犯罪に奇妙な程の執着を示す。惨殺事件の記事を収集し事件現場に物見遊山で赴く。本人たちも自分達が異常者であること認識している。そんな彼らに通常、我々は眉をひそめる。理解できない、と思う。

 しかし心の奥底では誰もがそんな心理を持っているのではないだろうか。やるせない事件がおこる度に現場を想像し、自分なりに残虐なイメージを膨らませているのではないだろうか。死体がひどい状態であると言われれば言われるほど見てみたくなるのではないだろうか。そう考えた時に自分と主人公らの違いって何だろうと思いドキッとする。

 作者自身もそんなGOTHの心理を描写するのに戸惑ったようだ。ありがちな、人間誰もが心の奥底ではGOTHなのだ、とかそういった主張は特に盛り込まれていない。 あくまでそれは見世物として描いている。こんな人間いたら怖いけど凄いよね、みたいな(スピルバーグの映画『激突!』に登場するトラックみたいなものかも)。暗黒に惹かれる心理は危険すぎて、下手な扱い方をしたら読者にトラウマを与えかねないのか。そこらへんの手綱さばきは難しかったのかも。

 

 以後、複数の別名義で小説を刊行したり他の作家と共作したりと活躍の幅を広げていくことになる乙一だが、それまでライトノベル作家のちょっと変わった人みたいな扱いされていたのが、この作品で一般小説作家として認知された事は大きかったと思う。

 ラノベ雑誌に連載されたにも関わらず一般作として単行本で刊行した版元の判断の賜物だろう。ラノベと一般小説ってどこで線引きするんだろう?というお馴染みの疑問はこの小説が刊行された辺りから議論が激しくなっていったような気がする。何となくだけど。

 

 という訳で単行本は2002年に『GOTH リストカット事件』として角川書店から刊行された。単行本はカバー裏にちょっとしたオマケがあり雰囲気たっぷりである。

 2005年には角川文庫から文庫化された。2分冊され『GOTH 夜の章』『同 僕の章』と改題されており、収録作の順番も少し入れ替わっている。個人的にはわざわざ2分冊する必要があったのか、そして順番を入れ替える必要があったのか、とその必要性には少し疑問があるけど、まあ手に取りやすいようにと出版社なりの工夫なのかも知れない。

 2008年に映画化。それに合わせて、映画版で森野夜を演じた高梨臨の写真集に短編を併載した単行本『GOTH モリノヨル』が刊行された。こちらは短編部分だけ抜き出して文庫化され『GOTH番外篇 森野は記念写真を撮りに行くの巻』と改題されている。高梨臨のファンなら単行本を、乙一のファンなら文庫版を、まあ読む価値あり。

 あと何編か書き足したらシリーズ化できそうだけどな。

 あ、そいうえば2003年には大岩ケンヂの手でコミック化されている。主人公2人の雰囲気が上手く再現されていて、しかもちょっとだけエロくなっている点がなかなか良いと思う。