ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]犬なら普通のこと

 

犬なら普通のこと (ハヤカワ文庫JA)

犬なら普通のこと (ハヤカワ文庫JA)

 

 

<沖縄では、何によらず、たいていのことがうまくいかない>

 

 『暗闇にノーサイド』や『ブロードウェイの戦車』『海から来たサムライ』(後に『サムライ・ノングラータ』に改題改稿)等で知られる矢作俊彦司城志朗のコンビ。この1950年生まれの同い年コンビが25年ぶりに発表したのは沖縄を舞台としたバイオレンスなハードボイルド。炎天下の沖縄の暑熱の中で、悪党が起死回生をかけて這いずり回る。汚れた男たちの物語。

 

 50前の中年、ヨシミは那覇の運天会真栄城一家の杯をうけたパッとしないヤクザ者。ドブを這いずりまわる犬のような人生。そんな彼は組が2億円の大型取引をすると知り強奪計画をたてる。このカネで島を出て、これまでの人生を清算するつもりだった。こんな人生もう沢山だった。「暑いところは、もう嫌だ。四季があって夏も涼しくて乾いた町がいい」しかし彼が放った銃弾は思わぬ人物を仕留めてしまい……かくして、事態は組と警察、米軍までもが入り乱れる思わる状況に発展。ヨシミはこの不測の騒動を乗り切り、島を抜け出すことができるのか。

 

 単行本の紹介文には「血と暴力の犯罪寓話」と書かれている。そうだ、確かにこれは寓話だ。血と暴力が支配する、教訓だ。多数のキャラが登場するが、それぞれがそれぞれの思惑を胸に予想外の行動をとるため、物語は思いもよらぬ方向へ転がっていってしまう。手に負えなくなったからって始めてしまった犯罪を投げ出すことはできない。その時に待っているのは死でしかないからだ。

 行間からも射抜いてくる肌を焼くような沖縄の夏の日射し。熱気の中でドロドロしたヤクザたちの駆け引きが展開される。ストーリーは大金をめぐる冒険小説……というよりはノワール調の正統派の犯罪小説だが、沖縄の方言のなんともぬるい感触も相まって独特な空気感がありイマイチ入り込めない人も多いかも知れない。沖縄の人間である僕はこの空気感のおかげですんなり入り込めたのだが。

 

 矢作によるエッセイ「アメリカでは意外なこと」(文庫版巻末に収録)によれば、この本はリチャード・スタークの『悪党パーカー』シリーズにオマージュを捧げたものだそうだが、舞台を沖縄に設定したためになんだかノンビリしたヤクザたちが勝手に騒いでいるようなブラックコメディのような雰囲気すら漂っている。
 でもってそこに書かれた人間関係においては、友情らしきものや愛情らしきものがあるようではあるが、そうだとしても傍目には彼らの関係はとてもドライなものに見えて、熱い絆、みたいなものは感じ取れない。
 沖縄と言われて想像するような人の温かさもないし、もちろん観光名所も登場しない。汗だくになって噛みつきあう犬が描かれるだけだ。

 

<公園の向こうに、ソープやラブホテルのビルが林立している。那覇では、五、六階建ての建物でも大きく立派に見える。ネオンも同じだ。こんなネオン街、歌舞伎町と比べたら、墓場に残った線香の残り火と変わらない>
<沖縄のやつは緩い、というのが、その理由だった。何をやらせても緩い。詰めが甘い。気が利かない。そのどれも、「致命的に」と枕がついた>
<沖縄人(ウチナンチュー)はみんなそうだ。優柔不断なわけではない。空気の濃さや時間の速さが元から違う>
<ウチナーの『早い』がどれほど早いのか知らないが、危険を冒すことはない>

 

 このコンビの作品らしく、冷徹で鋭い言葉のセンスが光っている。沖縄の人なら思わずウチアタイするような(ドキッとするような)文章も多数登場。「たっくるさりんどー」を「為んならねえぞ」と訳すセンスはさすがだと思います。

 「ロードスターは開南の先で左に曲がった。浮島通りに入って一方通行を少し走ると、那覇にしてはしゃれた店がいくつか増えていた」なんて描写、僕にとっては地元の景色なのですごく臨場感があるのだけど、地元じゃない人にはピンとこないだろうなあ。

 全体的に沖縄の事をとても取材しているのは感じられるのだが、沖縄の洋菓子店「ジミー」を「ジミーズ」と表記しているのはちょっといただけない。

 

 終盤ではこれまでのゆるい空気をひっくり返すような銃撃アクションのシーンが待ち受けている。なんとかかんとか進めてきた計画は、どこに着地するのだろうか。
 この小説で復活した矢作俊彦+司城志朗のコンビは、その後も『百発百中 狼は走れ豚は食え、人は昼から夢を見ろ』『ARAKURE あらくれ』など新作を精力的に発表している模様。

 

<犬だって立ち去るときは小便くらいひっかけていくものだ>

 

 犬なら普通のこと。そのラストはハッピーエンドなのか。受け取り方は読み手次第だ。あまり感情移入できるキャラは登場しないけど、それでも感極まるものがあるかも知れない。
 楽園からは遠いところにある沖縄。冷酷な暴力にまみれたハードボイルド。

 

 2009年にハヤカワ・ミステリワールドから単行本刊行。2012年にハヤカワ文庫JAで文庫化。