ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]マシン・オブ・デス

 

マシン・オブ・デス (アルファポリス文庫)

マシン・オブ・デス (アルファポリス文庫)

 

 

 死を予言する機械。このワンアイデアを軸に多くの人が腕を競った短編集。

 

 近未来、「死の機械(マシン・オブ・デス)」が発明された。この機械は急速に普及し、街中のいたるところに設置された。使い方はこうだ。人々はお金を機械に投入すると自分の手を機械に突っ込む。すると機械は針で利用者の血液を少量採取し、解析した結果を紙に印字して吐きだすのである。まるで証明写真機のように。

 もちろんこの機械が吐きだすのは証明写真ではない。しかしある意味それ以上にその人物の人となりを的確に表すものだ。簡単な血液検査から死の機械が導きだすもの。それは利用者の「死因」である。

 

 つまり死の機械はその人がどんな死に方をするのかを教えてくれるのである。ただしその予言は漠然としており、具体的なものは少ない。そしてそれがいつになるのかもわからない。例えば「水死」と予言されたから水辺をひたすら避けて生きていたとしても、搭乗した飛行機が海に墜落して水死、というパターンもある訳だ。

 この本は、このような「死を予言する機械」というお題で編者が作品を募集し、多くの人が応募した中から厳選したアンソロジーなのだそう。最初は自費出版で刊行されたものの、評判を呼んで米アマゾン1位にまで昇りつめたそうだ。

 巻末の筆者一覧を見てみると、作品を寄せているのはウェブコミック作家やフリーライター、グラフィックデザイナーなどクリエイティブな活動をしている人たち……らしいが詳しくは良くわからない。SF専門誌に作品を掲載された事がある人もいるようなので、一応しっかりした作家も含まれている様子。

 

 「死の機械」というネタ一発でベストセラーにまでなってしまうのだから面白い。多くの人が作品を寄せる中でルールも出来上がっていったようで、「死因はわかるがそれがいつなのかはわからない」「機械が予言した未来は絶対」という厳然とした作中ルールにおいてみんな作品を執筆している。一部例外はあるけどね。

 この世界では死の機械は日本の自動販売機とまではいかないが、ATMくらいには普及しているようだ。ショッピングモールや街角などに普通に設置されている。ただし地域によっては機械そのものが規制されていたりもするし、世の中にはこの機械に対する反対運動も存在している。

 こうした枠組みの中で各作品はアイデアを凝らしている。ただ正直、出来不出来の差は激しいし、また作品によってトーンが著しく違うので読んでてくたびれてくるというのはある。

 

 というか出来の悪い作品は読んでるだけで退屈である。そこらへんの玉石混交っぷりは読む前に覚悟した方がいいし、さっきも書いたように作品ごとの傾向がバラバラな割には妙な統一感もかすかにあるので、ハマらない人が読むと全てのつまらなさに苦痛さえ感じるかも。

 参考までに本書に収録されている中で最も短い話はわずか2行。しかしその2行でニヤリとさせられるブラックなジョークを披露している。どんな話かは読んでのお楽しみ。

 

 いや、わかる。言いたい事はわかる。そりゃこの設定が非科学的だと言ってしまえばお終いだ。先天的な疾患とかならまだしも、「自殺」とか「銃殺」なんて死因はいくら血液検査したからってわかる訳が無い。もしそこらへんを掘り下げる事ができたら運命論と科学との衝突なんてテーマを描くこともできそうだが……まあ残念ながらそこまで重厚な作品は無い。

 

 でも自分の死因を知ることができてしまう、というアイデアはやっぱり魅力的だ。運命すべてを知ることはできないが、死因だけは漠然と知ることができる、というネタは腕の良い人がさばけば長編1本書けるくらいのインスピレーションは提供してくれそう。そうでなくても、星新一級のショートショート職人ならあっと驚く結末をいくつも考えられそうだ。

 

 ともあれ、本書には一定の驚きはあるし、自分の未来をある程度知ることができてしまう社会はどのように変容するか、というシミュレーションとしても読める。

 興味深いのは、宗教が浸透している国での死の機械というものの捉えられ方。日本とはやはり違うのだなと思った。この本が日本でいまいちブレイクしなかったのは日本人好みな「小粒でもピリリとオチが効いている」作品が集まらなかったからと思われる。

 まあそれでも、「燃えるマシュマロ」「味方による誤爆」「野菜」なんて死因、聞いただけで読んでみたくなくキャッチーさはある。ちなみにある作品では日本人が主人公として活躍している。

 

 ところでこの本、2012年に単行本が刊行されていて、2013年の文庫化されているのだが、その際に削られた話がいくつかあり、また単行本には収録されていたオマケ的なコミックも文庫版では削除されている。

 文庫化の際に再編集することは別によくある事だと思うのだけど、その事実は本のどこかに明示する事が必要だと思う。日本版のあとがきや解説も無いのだし。まだ若く勢いのある出版社だからこそ、そこらへん気をつけて欲しい。