ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団

 

小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団

小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団

 

 

 ある夏の日、偶然南極で巨大ロボットを拾ったのび太。さっそくドラえもんの道具で造り出した鏡面世界で、ザンダクロスと名付けたロボットを思う存分動かして自由に遊ぶのび太たちだったが、しかしその裏では地球侵略を企てる異星のロボット軍団「鉄人兵団」の陰謀が密かに進行していた。計画の遂行のために謎めいた美少女スパイ・リルルが暗躍し、やがて鉄人兵団の熾烈な攻撃が開始された!

 空前の危機を前に、果たしてのび太たちは地球を守る事が出来るのか。

 

 1985年に「月刊コロコロコミック」で連載され、翌年に劇場版アニメが公開された藤子・F・不二雄の「大長編ドラえもん」第7作、『ドラえもん のび太と鉄人兵団』。ドラえもん史上屈指の感動作と名高い名作を、SF作家・瀬名秀明が小説化。意外にもドラえもんの小説化はこれが初めてなのだそうだ。
 筋金入りのドラえもんファンを公言する瀬名秀明だけあって、ノベライズの枠を超えた最高の小説作品として完成した。

 

 今原作を読みなおしてみると、子供の頃には気にならなかった些細な事柄が気になってしまう。例えば「のび太たちが何日も家を留守にしていて家族は心配しないのか」。現実的すぎて冒険マンガの中では忘れられがちなそんな事にまで、瀬名秀明はちゃんと答えを用意する。ここに作者の誠実さが表れている。

 そうやって小さな小さなささくれを一つずつ取り除きながら、瀬名秀明は本格SF小説としてドラえもんを描き直した。それは同時に最高の冒険小説でもある。一生忘れられないひと夏の冒険。一瞬の出会いは永遠の宝物だ。世界中の誰もが知らないところで地球を守る孤独な闘い。力を貸してくれるのは親友だけ。
 そして心躍る冒険の後に必ず訪れるのは胸を締め付けるような別れ。やがて日常への回帰。この本を読み終えた時、僕は周囲に人目がなければ堪えきれずに声をあげて泣いてしまっていたかも知れない。

 

 あえて感傷的に書いてしまうけど、子供の頃はドラえもんが大切な事をたくさん教えてくれた気がする。今改めて読み返してみて、胸躍る冒険物語に感情移入するような経験なんてもうずいぶんしていなかった事に気づく。80年代から90年代にかけての「日本SF冬の時代」において、SF魂を脈々と子供たちに伝え続けたのは藤子・F・不二雄だったのだ。

 

 この小説の最大の特徴は作者の原作に対する真摯さだ。最大限のリスペクトを原作にはらいながら、瀬名流のSF小説として作品を築きあげていく。だから実はどんどん作風が理屈っぽくなっている瀬名秀明の小説を手に取るにあたって恰好の入門編でもある。日本中のだれもが知っている「ドラえもん」という素材を扱っているからこそ、瀬名作品の筆致の凄さがダイレクトに伝わってくる。

 

 ロボットに襲われた静香ちゃんを救いに来たのび太のカッコよさ!無数の敵を相手に泣きながら奮闘するスネ夫。心が折れそうになっても仲間のために涙を封印するジャイアン

 ロボット軍団の襲来に立ち向かう我らがドラえもんも、中身はロボットなのだという事実さえ直視し、作者は登場人物一人一人の正面から人類の存亡をかけた戦いを描き出していく。そこには仲間への不信感や意見の対立もあるのだけど、それに至るまでの過程を丁寧に描写しているので、それぞれのキャラがとても強く立ちあがってくる。

 

 また藤子Fファンなら誰もがあっと驚くある人物がゲスト出演している事も嬉しい。単なるファンサービスかと思いきや、作者のインタビューでそこに深い思いを込めていることを知り驚いた。さすが一切手を抜いていない。

 

<この数日で誰も彼も少し大人になってしまったようだった>(本書p277)

 

 様々な経験を経て大人になっていくのは彼らも僕らも同じ。忘れてしまった想い出を心の底にしまいながら、日々を生きていく。
 もし願いが叶うのなら、この小説版『鉄人兵団』を再度、藤子・F・不二雄にマンガ化して欲しいな。瀬名は藤子Fが描き落とした所を補充している訳ではなくて、藤子Fが泣く泣くカットした部分を再現しているようにすら見えるからだ。

 

 ひみつ道具へのたくさんのウンチクや考察も満載。空気砲を発射する時は「どっかん!」と叫ぶなんてルール、すっかり忘れていた。
 この小説は2011年に公開されたリメイク版アニメ『映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団~はばたけ 天使たち~』の公開に合わせて企画されたもの。企画もののノベライズとして忘れられるには惜しい作品なので、小学館文庫あたりで文庫化してくれないだろうか。

 作者はこの小説についてホームページで、<ドラえもんを愛する多くの方に読んでいただきたい自信作です。「マジだぜ!」>と宣言している。作者にとっても会心の作品なのだ。