ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]TOKYO RIVER

 

TOKYO RIVER

TOKYO RIVER

 

 

 以前NHKの番組『ブラタモリ』を観ていたら、渋谷の地下を流れている川・渋谷川が取り上げられていた。あんな賑やかな街の下を今はほとんど表に出る事のない川が長い歴史の中、滔々と流れ続けているということに驚いた。

 

 『TOKYO RIVER』は写真家の柴田徹之が3年にわたって東京を流れる様々な川を撮り続けた記録である。多摩川、荒川、中川、神田川……。闇の中に浮かびあがる川、陽光をキラキラと反射する川、街中を流れる川。一言で川と言ってもその表情は変幻自在で、まるで生き物のように躍動している。川を映した写真集、と言ってしまえばそれまでだが、ページをいくらめくってもそこには新鮮な感動や驚きがあって飽きることがない。
 水は人間の営みを横目に悠久の時を流れている。川をいくら眺めていても飽きないけど、川の方はちまちました人間の生活など気にも留めてはいないのだろう。

 

 僕が書店でこの本を手にとった時真っ先に思い出したのは、写真家・中野正貴の写真集『TOKYO FLOAT』(河出書房新社/2008年)だった。タイトルの類似はもとより内容も東京の川をテーマにしている点で共通している。中野は江戸時代から「水の都」であった東京の本質を川に見出し、また自身の人生の記憶と重ね合わせながら東京の川にカメラのレンズを向けていた。またノイズの混じったデジタルカメラのデータを見つめつつ、水面に映りこんだビル群と地上のビル群の相違を描き出そうとしていた。

 

 僕が生まれ育った沖縄は小さな島なので大きな川というものがほとんどない。思い返してみるとだから学校の地理の時間に信濃川とか利根川とか壮大なスケールの川の存在を学んでも、いまいちピンとくるものがなかった。自分の身近にある川といえば「河川」というより「溝(みぞ)」という感じで、そもそもいくつもの県をまたいで流れる川というものがイメージできなかったのだ。土砂の堆積とか浸食作用とか中州とか三角州とか、知識としては知っていても正直今でもあまり身近には感じない。

 

 だから、以前東京に住んでいた時に隅田川を目の当たりにした時はたいへん衝撃を受けたものだ。知識では知っていても、川ってこんなに大きなものなのか、と初めて相対したスケールに目を見張った。きらきらと光が砕ける水の美しさと、その向こう側に見える都市の風景に一瞬放心した。

 まあ僕の反応は沖縄県民の中でもちょっと極端かも知れないけど、こういうのを間近に感じながら大人になるのとそうでないのとでは感覚は大きく違うだろうなと心底思った。

 

 だから創作作品には川をモチーフにした作品が多く見られるのだろう。それは古今東西、様々なジャンルに及ぶ。

 例えばパッと思いつくだけでも、文学の世界なら古い所では島崎藤村の散文集から、最近では川端裕人が刊行した川をテーマにした複数の作品が思い浮かぶし、音楽の世界でも童謡から美空ひばりの名曲、そしてAKB48まで川をテーマにした作品は数多い。そういえばテレビでは金八先生が毎週川べりの土手を歩いていたっけ。ハリウッドにはロバート・レッドフォード監督、ブラッド・ピット主演の美しい映画があった。

 

 壮大な自然を象徴するものとしての悠久の大河。その姿を東京という首都の中で追いかけたこの写真集は人間の存在を否応なく我々に意識させる。
 「あとがきにかえて」によると、この写真集の著者である柴田は長い事インドを放浪していたが、帰国して歩き始めた東京の街の方がまるで異国だったという。居場所のなくなった彼がたどり着いたところが川であった事は必然だったのかも知れない。このように本人自身「きわめて個人的な動機から生まれた」というこの写真集が我々の心の深いところを何故か刺激する。

 

 本書は2部構成になっており、前半「東京の川」では都心部を流れる川をまっすぐに捉えた写真が収録されている。ビルの足元を流れる川や巨大な橋脚の下を流れる川は奇妙に幻想的で美しい。中には帯のように車のテールランプが移りこんだ単なる車道の写真などもあり、不思議に思って巻末を見ると撮影場所は「渋谷川」となっていた。この道の下を渋谷川が流れているという事なのかな。でも車のライトもまるで川のように見えるのだから面白い。

 後半の「多摩川」では一転して自然の中を流れる多摩川を映し出していて、息を呑むような光景が繰り広げられる。川の奥深さを感じさせる写真ばかりだ。

 

 日本の新しい象徴である東京スカイツリーの足元には隅田川が流れている。数年前にはここを舞台として「東京ホタル」というイベントが開催され、10万個のLEDが闇夜に川を浮かび上がらせた。きっといつの時代も川は人を惹きつけていくのだろう。水は遥か昔からそこに存在するにも関わらず一瞬もそこに留まるものではない。そんな永久性と危うさが同居している点が人々を惹きつけるのかも知れない。