ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]夕凪の街 桜の国

 

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

 

 

 昨年、英国人映画監督ギャレス・エドワーズによる新“ハリウッド版”ゴジラが公開され、大きな話題となった。それを受けてか年末には東宝が“本家”ゴジラの新作を製作する事を発表。ファンは騒然となった。

 そもそもゴジラシリーズは過去にも休止と復活を繰り返している。今のところ最後に公開されたのは北村龍平監督による2004年の『ゴジラ FINAL WARS』なので、10年以上ぶりの復活という事になる。

 ここでシリーズ第1作を振り返ってみる。

 1954年に公開された映画『ゴジラ』は、海底に眠っていた太古の生物が水爆実験により変異、首都を襲撃するという内容。この映画をいま見返して最も印象的なシーンは、ゴジラの襲撃を受けた少女に科学者がガイガーカウンターを当てて放射線量を測るシーンであろう。水爆実験により誕生した怪獣ゴジラ放射能を持っており、近づいた人間は被曝するという設定だったのだ。

 やがてゴジラはシリーズを経るにつれて子供向けの娯楽作品へとシフトしていき、放射能にまつわる設定もいつの間にか忘れ去られていく。その過程を日本人が原爆の恐怖を忘れてきた過程と重ね合わせるのは容易だ。
 そしてそのゴジラシリーズが休止した2004年、こうの史代の手によるマンガ『夕凪の街 桜の国』が刊行された。いま思うとまるで、原爆が投下された過去を忘れないで、原爆が投下された背後にどんな人々がいたのか忘れないで、と作者が訴えているようでもある。

 

 1955年、終戦から10年、広島。原爆投下を生き残り、市内の建築会社に勤務する平野皆実は、離れて暮らす弟を気にかけつつ川べりの粗末な小屋に母親と暮らしている。暮らしは楽ではなかったが、持ち前の明るさで前向きに生きる皆実は周囲の人気者だ。しかし同僚の男性から好意を寄せられた時、その事に幸せを感じた時、皆実の脳裏には「あの日」の事が生々しく蘇るのだった。

 

 前編「夕凪の街」は原爆の惨状を経験した若い女性を主人公に描かれる。一見元気に生きる彼女も、こめかみや左手にはヤケドのあとが残っており、それを隠して生きている。たくさんの見知らぬ人々の死体を乗り越えて生き延びてしまった自分を責める気持が彼女を苛む。

<しあわせだと思うたび美しいと思うたび/愛しかった都市のすべてを人のすべてを思い出し/すべて失った日に引きずり戻される/おまえの住む世界はここではないと誰かの声がする>

 そして10年を経て彼女を襲う運命。終盤で描かれる彼女のその痛切な独白は読者の心に刻み込まれるだろう。

 後編「桜の国」はさらに2部にわかれており、1987年の東京と2004年夏の広島などを舞台に、原爆を知らない世代の視点から皆実らのたどった生涯を捉えなおしていく。ここでは皆実の弟である旭の娘・七波の成長が中心に描かれ、現代に生きる人々の姿と戦争の記憶が浮き彫りになる。
 そして3世代にわたる物語が収束していくラスト、大切な街の記憶の中に七波は何を見るのか。忘れ難い余韻を残す物語だ。

 

 合計で100ページ足らず。最近のマンガにしてはずいぶん短めのストーリーだが、物語の密度は濃い。そしてその中で一貫して描写されるのは原爆投下そのものの悲惨さよりも、「その後」を生きていく人々の複雑な感情である。
 作者の優しいタッチの絵のおかげで見た目の強烈なインパクトというのは押さえられているが(僕らの世代だとどうしても『はだしのゲン』のトラウマが……)、それがかえって悲劇を鮮烈に浮かび上がらせている。美しい夕陽を眺めながら鼻唄を口ずさむ帰り道……何てことのないそんな幸せな日々が無数の死者の魂の上に成り立っているという衝撃。

 

 第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞するなど、各方面で評価を得ており、海外にも紹介され高く評価されている。

 この国は震災から4年を経て、上辺を見る限りその傷は少しずつ癒え始めているように見える。しかし福島第一原発の事故は人々と国土に取り返しのつかないダメージを与え、それが過去の事になる事はほど遠い話だろう。

 そんな中であの戦争と原爆の過去を見つめなおす事は今の日本人には大切な作業だろう。かつてこれだけ痛い思いをし、その後「唯一の被爆国」と世界に発信してきた我々がどのような状況に陥っているのか。もちろん原爆と原発は同じレベルの話ではないが、しかし無関係な話でもない。

 あまりに恐ろしい目にあった過去を、終わってしまったことだと忘れようとするのではなく、それがその時を生きた人々の紛れもない現実であるという事を常に認識して我々は生きていかねばならないのだろう。
 悲劇は一瞬で終わるわけではない。生き延びた人たちにとってその悲劇は一生続くのだから。

 

 このマンガは2007年に佐々部清監督、田中麗奈麻生久美子主演で映画化されている。細かい部分に変更が施されているが、大筋は原作にほぼ忠実に映画化されている。堺正章なんか原作そっくりだ。こちらも必見。