ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[映画]ミリオンダラー・ホテル

 

ミリオンダラー・ホテル [DVD]

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 ヴェンダースを語る上でアメリカという国は重要な意味を持つ。絶賛と罵倒を受け続けながら映画作りに苦闘するドイツ人監督は、この映画の舞台にアメリカのロサンゼルスを選んだ。天使のいない街に生きる人々を見つめながら。

 この映画は主人公が自殺するシーンから始まる。主人公のトムトムは助走をつけてビルの屋上から飛び降りる。そして落下しながら、こうつぶやくのだ。

 「人生はすばらしい 人生は最高だ」

 そしてトムトムの人生の回想が始まる。

 

 トムトム知的障害者で、ロサンゼルスの“ミリオンダラー・ホテル”に暮らしている。名前とは裏腹に寂れたそのホテルには、社会からはぐれた個性的な住人たちが大勢暮らしていた。彼はちょっと知能が弱く仲間たちからパシリのように扱われているが、それでも人の役に立つことに喜びを感じており、またひそかに同じホテルの住人で美しい娼婦のエロイーズに惹かれていた。

 そんな折、ホテルの住人の一人であるイジーが謎の死を遂げる。FBIが捜査する中で、彼が実は大富豪の息子であったことが判明。騒然とするホテルの住人たち。これはお金儲けのチャンスかも知れない。社会のはみ出し者たちの一発逆転を賭けた大博打が始まる……。

 

 クセのある住人たちが織り成していくドラマ。バカにされながらも小さな幸せを握り締めて生きるトムトム。そんな彼を優しく見守る孤独なエロイーズ。一つの事件がみんなの人生を思わぬ方向へ転がしてゆく。

 主人公が知的障害者であるという設定はこの際重要ではないと思う。この映画は主人公を通してストレートに人を想う事の困難さを描こうとしているのではないだろうか。そしてホテルの住人たちを通して、必死に生きることの重さを描こうとしているのではないか。

 自分が大切だからこそ人を傷つけなくてはならないし、人から傷つけられないといけないとしたら、何ともやりきれない。自分を捨ててしまえば随分楽に生きられるのかも知れないが、それは悲しすぎる。私は、あなたではない。そんな当たり前の事で人は互いに傷つけ合わなくてはならない。 

 相手の気持になって考えろ、とは子供の頃よく言われたが、今思うとどれだけの大人が実践していたのだろうね。大人になった今、自分に問いかけてみる。所詮僕たちは相手の身になって考えることなんて出来ないのかもしれない。だが1つだけ心に留めておかなくてはならない。私はあなたではない。それと同じように、彼もあなたではないということだ。

 

 本題からだいぶズレた。とにかく、人と人との間で翻弄されながら自分にとって大切な愛を見つけ、人生はすばらしいと断言し死んでいった主人公に僕は胸をえぐられた。

 2000年に製作された独・米合作映画である。原題は“The Million Dollar Hotel”。2000年ベルリン国際映画祭オープニング作品で、銀熊賞(審査員賞)を受賞している。監督は『ベルリン・天使の詩』(1987年)で一躍有名になったドイツ人監督ヴィム・ヴェンダース。退屈な映画を撮ることで有名な人だが、本作はテンポもよくこの監督にしては万人受けする方だろう。当初は『ビリオンダラー・ホテル』のタイトルでSF大作として企画されていたという。

 

 トムトム役はジェレミー・デイヴィス。エロイーズ役はミラ・ジョヴォヴィッチ。ぎこちないFBI捜査官役にメル・ギブソン。それぞれのファンでも「こんな映画に出てたんだ!」という感じじゃなかろうか。なかなか渋い演技をしている。

 ヴェンダーストムトムを現代の天使だと語る。舞台であるロサンゼルスは、奇しくもヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』がアメリカでリメイクされた時(『シティ・オブ・エンジェル』1998年)に舞台になった街でもある。

 人は天使にはなれない。空を飛ぶこともできない。だけど優しく誇り高く生きる事はできる。ストーリーのラスト、冒頭と同じシーンが再び観客の前に出現するが、その画面が持つ意味は変化している。観客の脳裏にまったく違った印象を残し映画の円環は完成する。

 

 「ミリオンダラー・ホテル」はロサンゼルスにかつて実在したホテルで、この映画もそこで実際にロケ撮影された。本作の音楽も担当したロックバンドU2のボーカリスト・ボノがここでミュージックビデオを撮影した際にこの映画の原案を思いついたという(彼は正式に原案としてクレジットされている)。その後このホテルは「フロンティア・ホテル」に名を変えたそうだが、現在どうなっているのかはよくわからない。
 ちなみにボノはあるシーンで画面の隅にちらっと映っているのでファンは頑張って探すべし。探すのが面倒という人はU2のメンバーが本格的に出演している1999年のアメリカ映画『ウィズアウト・ユー』(『U2/魂の叫び』のフィル・ジョアノー監督)がオススメ。