ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


自己紹介とこのブログの内容についての説明は こちら。

[読書]すべてがちょっとずつ優しい世界

 

すべてがちょっとずつ優しい世界

すべてがちょっとずつ優しい世界

 

 

 とある小さな島の、誰からも忘れられた小さな村。暗闇に包まれた「くらやみ村」は静寂に満ちている。数少ないが住人も動物もおばけもいる。朝が来ない村は常に暗く静かで、夜空にはオーロラが輝くがそれ以外は何もない。質素な生活の中で、それでも住民たちは年に一度の村祭りを楽しみに、満ち足りた毎日を暮らしていた。

 そんなある日、村を大災害が襲う。日々の生活もままならなくなった村は以前「街」の人から持ちかけられていた「ひかりの木」の植樹に乗り出す。村に光を灯すことは許されないことだったが、これで村は豊かになれるのだ……。

 

 コミカルだけどどこか毒味のある画風で多数の作品を発表しているマンガ家・西島大介が2011年~2012年にかけて雑誌「モーニング・ツー」に発表した作品の単行本化。東日本大震災以降、多くの作家がそれをテーマに作品を発表してきたが、このマンガもその一つ。大胆に省略された画風は一見低年齢向けの柔らかい物語を想像させるが、中身は非常に静謐で深遠な想いが描きこまれている。

 悩みぬいた末小さな子供のために「ひかりの木」受け入れを決断する村長。寓話的ストーリーとはいえその姿は原発との関係に苦悩し続ける福島の人々の姿を容易に想像させる。デフォルメされた絵柄だからこそ切実さが迫ってくる。

 みんな、誰かのために何かを思って生きている。動物も、自然も、おばけさえも。そう、みんながちょっとずつ優しい世界。だがその世界は緩やかに破滅への道を歩み始めていく。みんなが良くしようとした世界は。

 だから、このマンガは小さな小さな祈りの物語だ。密やかで優しくて、寂しい祈りの物語なのだ。

 

 広島に暮らす西島大介にとって、東日本大震災はどんな影響を出来事だったのだろう。僕らには知りようもないのだけど、日本中が悲しみと祈りに包まれたあの災害の記憶はこのマンガ家にもきっと大きな影響を与えたのだろう。広島から福島へ。核の脅威に翻弄された2つの都市に想いを寄せつつ、マンガ家が描き出した優しい物語。

 主軸となるストーリー以外にも、村の炭鉱がたどってきた歴史や村長の過去など枝葉の物語にもドラマチックな展開が容易されているが、それらは極力省略されて描かれている。シンプルな画風に無駄を削ったストーリー。その描き方はあまりにも重い村の歴史をそっと語りかけてくれるので、僕らの心にもすっと入り込んでくる。

 

 ひかりの木に何かが起きた途端、ずっと無視してきたくせに「大変なことになった どうしてこの村に あんなものを植えたのか?」と文句をつける老科学者。恩恵を十分受けておきながら「ぼくはまえからあの木を好きじゃなかったな」と語るピアニスト。3人組の「かぼちゃさん」たちはいつも一緒に行動しているが、一人だけ違う意見を持つかぼちゃさんはなんか居心地が悪そうだ。

 そんな暗喩というにはあまりにもストレートな現実世界の投影に、読者は考えさせられるところが多いだろう。

 

 西島大介は自身のコミック「世界の終わりの魔法使い」の公式ブログにおいて本作にも触れており、<「こういうものも僕は描けたのか」と、不思議な気分。連載を経て形になった単行本は一冊で完結ですが、このタッチ、この世界はなんとなく将来ずっと描き続けるのではと漠然と感じています。それがマンガの形をとるのかどうかまだわからないけれど・・・>と述べている。

 この本では最後の最後に村の「再生」への片鱗を見せて終わるが、具体的な将来像は不明なままだ。不安に満ちたラストではあるが、この作者の言葉を見て少しだけ希望を感じた。現実の世界はあまり優しくなくて、暗い未来のビジョンしか見えてこないだけに余計にそう感じるのかも知れない。
 辛くても悲しくても人々の暮らしは続いていく。破滅を描くのが今は精一杯なのかも。でもこの物語は続いてくのだろう。

 

 この本は帯が2重に巻かれており、最初の帯はキャッチコピー等が描かれたいわゆる普通の帯である。2番目の帯は大きめの帯で、村のみんなのイラストが描かれている。この2番目の帯を外すと本来のカバーがすべて見えるのだが、そこには村のみんなが消え村長だけが残されている。寂しい雰囲気のカバーを見ていると胸が締め付けられるが、さらにそのカバーも外すと表紙にはおばけたちとオーロラが描かれている。造本にも深い意味が隠されている。第3回広島本大賞受賞作。

 

 またこの本と同時にリリースされたコンピレーションアルバム「どんちゃか ~0歳からの電子音楽シリーズその1~」は、ボーカロイドレーベル「GINGA」が子供たちに電子音楽の世界を紹介するために立ち上げたCD+マンガの新シリーズの第1弾。西島大介のマンガがボカロとコラボレーションしており、「すべてがちょっとずつ優しい世界」のスピンオフとして描かれた作品が収録されている。