[読書]削除ボーイズ0326
みんな覚えてるかな。2010年、水嶋ヒロこと齋藤智裕が受賞して一躍有名になった「ポプラ社小説大賞」。
その第1回大賞受賞作が本書である。刊行は2006年。
「ポプラ社小説大賞」は、それまで児童書中心のラインナップだったポプラ社が文芸部門にも本格的に注力するために創設した賞だ。端から見てても結構力を入れているなーという感じが伝わってきたものだ。
というのもやはり2000万円という破格の賞金のインパクトがでかかった。それまでの文学賞の中ではちょっと想像もつかない額に、版元の本気度がうかがえた。
2000万円という賞金は、作家を育成するという意味だけでなく、宣伝効果も大きかった。その賞金の事だけであちこちで話題になっていた。これも戦略勝ちだと思う。
そして第1回の受賞者が発表された時、僕は驚いた。応募作2746作品の中から大賞を受章した方波見大志氏は僕と同い年だったのだ。当時26歳くらいか。同じ26歳でも人生こんなにも違うもんか……ととても感心したのを覚えている。
小学6年生のグッチこと川口直都がフリーマーケットで手に入れたのは、デジカメのような怪しげな機械。どうやらそれは過去に起こった出来事を3分26秒だけ削除する事ができるらしい。その機械をKMDと名付け、親友のハルらと共に様々な都合の悪い出来事を削除していくグッチ。だけどやがて彼らは気付いてゆく。過去を削除しても思い通りにならない事があることを。そして軽い気持で削除した過去も、かけがえのない取り返しようのない大切な過去であることを。
物語はKMDを巡る時間SF冒険譚と連動して、車イス生活を送っているハルとグッチの兄の間にあったある痛切な事件を巡るミステリー的な謎ときが描かれる。
単行本版の帯には評論家・大森望氏の以下のような言葉が寄せられている。
<時間ものにまだこんなすごい奥の手があったなんて……。今までの人生からどの3分26秒を消したいか、考えはじめたら夜も眠れません>
読み終えた読者は同様の感想を抱くに違いない。
作中でも描かれているが、人生の肝心な部分は数分間でしかなかったりする。その数分間がなかった事になるだけでその後の人生は大きく変わっていただろう。
あの時あの人と会わなければ……あの時あんな事を言わなければ……あの時あの場所を通りかからなければ……考えはじめたらきりがない。
作者自身はサイト「楽天ブックス」に掲載されたインタビューにおいて、
<消したいと思うことはたくさんあります。我ながらひどいできの落選作を応募しようとする瞬間、とか(笑)。ただ、実際に装置を持っていたとしたら、そういう、今の自分にも関わってきそうなことは結局は消せないと思います。それよりも、飼い犬に噛まれた、とかのこぢんまりしたことを消したいです(笑)>
と述べている。
過去を改変するのではなく、数分だけ「削除」する。そんな突飛な発想で作者は生き生きとした青春小説を書き上げている。
削除。僕らもPC上で文書を作ったりファイルを整理したりする時に何気なく使っているが、思わず削除してしまったものが大切なものだったためにがっくりと肩を落とす、という経験は誰にでもあるだろう。それが時間であった場合、それは何人にも取り返しはつかないものになる。
時間というものの不可逆性を残しつつ未来を変更してみせる「削除」。大森氏の言うとおり、新たな時間SFの可能性を示しているのかも。
小学生である主人公の一人称で描かれながら、あえて大人と変わらない口調で書かれており、それが子供社会のルールや人間関係を鮮やかに活写している。
しかしまあ、だからこそ実写映像化は難しいだろうな、とも思う。アニメだったら可能かな。『時をかける少女』みたいな感じで。
それはさておき単純にエンターテイメント小説として面白い。物足りない部分もあるものの、下地はあるようなのでさらに経験を重ねたらもっといい作家になるだろうな。
……と思っていたものの、その後この作者が発表したのは2007年の『ラットレース』のみ。今はいったい何やってるんでしょうか。同い年だけに気になります。
刊行直後は、2000万円の大賞受賞作がこれかい!という批判的な評価が多かったのだが、『KAGEROU』騒動の余波で再評価されないだろうかと密かに期待していたんだけど。
すごい新作を発表してくれるのを期待しています。
第1回ポプラ社小説大賞受賞作『3分26秒の削除ボーイズ ぼくと春とコウモリと』を改題のうえ加筆。ちなみにこの時最終候補に残っていた『太陽のあくび』(有間香)は後に第16回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞し、2009年にメディアワークス文庫から刊行されている(有間カオル名義)。
その後、第5回の『KAGEROU』まで大賞はでなかった。