ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]うれしい悲鳴をあげてくれ

 

うれしい悲鳴をあげてくれ (ちくま文庫)

うれしい悲鳴をあげてくれ (ちくま文庫)

 

 

 実は僕はこの作者の事はあまり知らなくて、本屋で見かけた時に表紙が気に入ったからついつい買ってしまったのだ。
 でも「ジャケ買い」してしまうのも仕方がない。作者は元々ミュージシャンだったそうだし。
※表紙写真はカメラマン林ナツミ氏による「本日の浮遊」シリーズの一枚(2011/4/9)。ステキです。

 

 作者のいしわたり淳治氏は2005年に解散したバンド「スーパーカー」のギタリストだった人で、現在は作詞家・プロデューサーとして活躍しているらしい。といっても僕自身はスーパーカーといえば映画『ピンポン』で音楽が使われていたバンド、くらいの認識しかない。
 ただ調べてみると作詞家として「愛をこめて花束を」(Superfly)や「PAPARAZZI」(少女時代)等を手がけ、プロデューサーとしてはチャットモンチー9mm Parabellum Bullet等を手がけているそうなので、僕が知らないだけで音楽の世界では有名な人なのかも。沖縄関係者だと新垣結衣やRYUKYU DISKO、玉城千春の曲なんかも手がけているそうだ。

 

 この本は雑誌「ロッキング・オン・ジャパン」に2004年から5年半に渡って連載された「Oppotunity&Spirit」(略して「オポスピ」)をまとめたものだ。最初は2007年にロッキングオン社から単行本化されたが、2014年1月、単行本刊行後に雑誌掲載されたものや別の媒体で発表されたものを数編“ボーナス・トラック”として収録し文庫化。今ちょっと調べてみたら、文庫版刊行後じわじわと話題を呼び、2014年11月19日には12刷目の重版がされ、累計発行部数が10万部を超えたそうだ。売れているのだ。その秘密はどこにあるのだろう?

 

 ある程度本を読み慣れている人なら、本業が作家じゃない人が書いた本に対して何かしらのイメージがあるのではないだろうか。
 僕の場合は、やたら文章が端正である(ゴーストライター臭がする)とか、逆にやたら文章が奇をてらっているとか、ファン以外楽しめないとか、そんなイメージがある。
 まあ偏見だとは自分でも思うけど、本書はそんな僕のイメージを予想外に覆す面白さがあって、軽い気持で読み始めたがすっかり引き込まれてしまった。

 

 本書は大きく分けて「小説」編と「エッセイ」編に分かれているけど、文庫版あとがきによると、そもそも雑誌連載を始める際に担当者から「いしわたり淳治が主人公のような、そうでないような、事実とフィクションが7:3くらいの温度感の、エッセイのような、小説のようなものをお願いできませんか」と依頼されたそうで(すごい依頼だ)、内容もなんだか摩訶不思議なものになっている。
 エッセイみたいだけど小説みたいな、小説みたいだけどエッセイみたいな、何とも妙な感触の掌編がどちらにも納められており、現実と虚構の境目が曖昧になってくる。雑誌で「オポスピ」として連載されていた時はこれらは一緒くたになっていたが、本として纏める時に便宜上小説編とエッセイ編に分けたそうだから、雑誌連載時はもっと混沌とした雰囲気だったのだろう。

 そして一番特徴的なのは、解説で鈴木おさむ氏も触れてる通り、きちんと「オチ」を意識して書かれている点だろう。この手の本だと作者が書きたいことを書くだけ書いて、作者を知らない普通の読者はおいてけぼり、という事が多いのだけど、いしわたり氏はオチにあたる部分を意識して書いているように見える。
 ああ、ミュージシャンらしい軽い文体で最近の世の中を描写しているんだな、なんて簡単に考えて読み進めていると、お、そういうオチか!とちょっと感心させられると思う。

 

 そういう意味では連載開始から2年を経て筆がノっている時期の作品「顔色」を一番目に収録しているのは正しい判断だと思う。作者の持ち味が凝縮されている作品だからだ。実際、担当編集者も協力して書店に飾られたPOPには<ダマされて10~14頁までたったの5頁だけ読んでください。面白さを確信するハズ>と書かれていたそうだ(p10~p14は「顔色」が掲載されているページ)。
 本書にはそんな作品が合計55編収録されている。POPのキャッチコピーにある通り、一編一編は短いのですぐ読めると思う。
 やたら「愛」に言及されていたり、やっぱミュージシャンぽいなあと思う部分も無くはないが、言葉に対する鋭敏な感覚が研ぎ澄まされていて、どことなく星新一の作風を思い出させるようなショートショートの掘り出し物だ。逆に文学畑の作家にありがちな説教臭さは無いのに大切な事をキチンと描いている点では「ブンガク」に抵抗を覚える人にとってもハードルは低い。だからあまり本を読まない人にオススメかも。
 もちろん本をよく読む人にも新鮮な読み物になっていると思う。

 

 個人的には、青年向け週刊マンガ雑誌あたりに、こういう短い読み切りの文章作品が一編でも載る枠があったらもっと小説好きの裾野が広がるのになあ、と思うんだが。