ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]ダブ(エ)ストン街道

 

ダブ(エ)ストン街道 (講談社文庫)

ダブ(エ)ストン街道 (講談社文庫)

 

 

 以前東京に住んでいた時、大いに助けられたのが電車だった。あの複雑な路線図には辟易したけど、とりあえず駅から駅に着くことができれば目的地には何とかたどり着けたものだ。

 一方、今暮らしている沖縄は車社会なので、基本移動は車である。そして僕は方向音痴なので目的地への経路ですごく迷ってしまう。渋滞の状況や道路工事などの影響を考えつつ、効率の良い道を選んでいく難しさよ。散々通って慣れたと思った道でも、夜通るとまったく違う道に見えたりするのでまた迷ってしまう。

 都市部ならまだ近くのコンビニに寄ってコーヒーでも飲んで一息、なんて事もできるのだけど、これが山奥だったりすると人気の無い道を延々とさ迷い続けてしまう事になる。これがまた不安をかきたてる。

 そんな時、永遠に目的地に着けないような気持になる事がある。

 

 浅暮三文が広告会社勤務・コピーライターを経て、1998年に講談社メフィスト賞を受賞、デビューに至ったのが本作『ダブ(エ)ストン街道』である。

 行方不明になってしまった恋人を探す男の話。 

 と言ってしまえばありがちな設定に聞こえるが、その内容はとても不思議。

 

 主人公・ケンの恋人タニアがある日突然失踪してしまう。彼女は夢遊病だったのだ。やがてタニアから「私はダブエストンにいる」という内容の手紙が届く。しかしそのダブエストンなる土地がどこなのかがわからない。調べてみると、いまだかつてその土地から帰還したのは1人しかいないという。その唯一の帰還者である冒険家の本を読んでみても、それがどこなのかはっきりしない。

 調べてみるほど、そこは何もかもがあやふやで、確実なものが何一つ無い。なにしろ土地の名前でさえ「ダブストンだかダブエストンだかという所」と曖昧なのだ。

 そしてダブ(エ)ストンに迷い込んだ者は二度と脱出することは出来ない。なんとかダブ(エ)ストンらしき謎めいた島にたどり着き、恋人を探す主人公。様々な人と出会うが、みんな誰かを、何かを探し道に迷っている。彼らは果たして目的の場所にたどり着けるのか。永遠にさ迷い続けるそしてダブ(エ)ストンの人々の姿が印象的。

 

 簡潔に言ってしまうと、この本のテーマは「迷うこと」だ。

 客観的に見て絶望的に異様な状況なのに、その世界は何故か居心地がいい。登場するキャラたちも実にあっけらかんとして楽しそうだ。

 浅暮三文の原点が垣間見えるかも知れない、奇妙なファンタジーである。

 理屈や理由を求めたりしてはいけない。普通に考えてあり得ない出来事や人や物が登場するけど、でもこの物語にはそういう事もありえるか、と思わされる雰囲気がある。かといって凄い不条理って訳でもなくなんとなくリアリティがあるから面白い。

 

 仕事の関係で普段行かない所へ遠出して、見慣れない景色が何故か心地よくて、もうずっとここに居てしまおうかという気分になる事がある。まあ現実的にそんな訳にはいかないんだけど、そんな憧憬というか感情を作者の筆致は描き出す。

 もちろん、迷うことの楽しさは行く着くべき所、そして帰るべき場所があるからこそ成り立つものだ。あるべきところに落ち着かないまま、逸脱し放浪する事に人は心のどこかで憧れているのかも。

 

 僕はあまり詳しくないんだけど、メフィスト賞はいつもなかなか個性的な作家を世に送り出している。「面白ければ何でもアリ」感のあるこの賞だが、さすがにここまでミステリー要素の無い作品を受賞させるとはさすが、と思いきや実はこの小説、その前に日本ファンタジーノベル大賞に応募していて、最終候補に残っていた。なるほどなあ。

 SF作家・森下一仁の下で作家修行したという浅暮三文だが、非常に独特の世界を持っていて、その後も実験小説や奇想小説で活躍している。僕らは何も考えずこの世界観に浸ればいいのだと思う。

 ちなみにネットで調べてみたらこの本、メフィスト賞受賞作では珍しくハードカバーで単行本が刊行されたが、あまり売れなくてすぐ品切れになったらしい。なのでしばらくは「メフィスト賞で最も入手困難な作品」と見なされていたとか。不遇。

 

 それにしても何てヘンな物語なのだろう。でも非現実、非日常の世界で遊ぶ楽しみをこの小説は教えてくれる。それはフィクションでしか味わえない密かな楽しみだ。

 まあラストではちょっと意外な真相が明かされたりするんだが。

 冬の時期に読むと雰囲気でるかもね。

 

 何かを探し続けたり、求め続けたり、そんな状況が永遠に続くのも悪くないのかな、と思う。奇妙なユーモアに溢れたファンタジーだ。

 1998年単行本刊行。2003年に文庫化されている。