ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


自己紹介とこのブログの内容についての説明は こちら。

[読書]禅銃(ゼン・ガン)

 

 

 他のジャンルについてはあまりよくわからないんだけど、SF小説の世界では「日本的」なものが海外作品でも結構頻繁に見られたりする。

 例えばクリス・ボイスの『キャッチワールド』では宇宙艦を田村艦長が指揮していたし、イアン・ワトスンの『デクストロII接触』では言語学者・高橋恵子が異星人とコンタクトする。ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』には主人公のピザ配達人ヒロをはじめとして日本趣味が散見されるし、アーサー・C・クラークの短編「彗星の核へ」ではトラブルでコンピュータが狂ってしまった宇宙船において、乗組員総出でそろばんで計算し危機を脱する。あとウィリアム・ギブスンの問答無用の名作『ニューロマンサー』は日本文化がガンガンフィーチャーされている(この影響から映画『マトリックス』では日本的なものがちょくちょく登場したのである)。こうしてみると名作も怪作もいろいろあるなあ。
 今パッと思いついただけでもこれだけ出てくるのである。他ジャンルのエンターテイメント小説の海外作品で、こんな風に「日本的」なものが重要な役割をもって登場する作品はあまり見かけないような気がする(詳しくないけど)。

 そんな実績もあり、日本では2007年に世界SF大会がアジアで初めて開催された。非英語圏で開催された事自体数えるほどしかないので、これはやはり画期的な事だと思う。

 

 そんな訳で本作である。イギリスのSF作家バリントン・J・ベイリーが1983年に刊行したSF小説“The Zen Gun”の邦訳。タイトルは『禅銃』とかいて『ゼン・ガン』と読む。もういろんな意味でもの凄い小説である。

 宇宙で繁栄を誇った銀河帝国は斜陽の時を迎えていた。そんな中、銀河の一角で究極の兵器「禅銃」が出現、これが銀河帝国に危機をもたらすという情報が駆け巡る。
 騒然とする銀河帝国だが、そんな折、宇宙規模の異変が観測され……。宇宙を駆け巡る奇想天外なワイドスクリーン・バロック

 

 壮大なスケールの物語、悪趣味な合成生物、奇妙な超未来の社会構造。細部まで奇抜なアイデアがこれでもかと詰め込まれ、ヘンテコなSF小説ばっかり書くことで有名なバリントン・J・ベイリーの本領を発揮。 

 謎の兵器「禅銃」も相当ヘンだが、もっとヘンなのは物語で重要な役割を果たす超戦士である。銀河にその名を轟かせる完全無欠の戦士について、作者はなんと「コショウ(小姓)」と名付けているのである。ここでサムライでもニンジャでもなく小姓を選ぶところが何かズレている。日本文化を曲解しているのか、わかっててひねっているのかがよくわからない。なんか逆にものすごく日本文化に精通しているゆえにこんな単語が出てくるのではないか、という気もする。

 ただし、この物語に登場する小姓・池松八紘はめちゃくちゃカッコいい活躍をするぞ! 身にまとった鎧の影には大量の武器を隠し持ち、普段は物静かだがひとたびピンチに陥ればそれらの武器が一斉に火を噴くのだ。まさに銀河最強の戦士。とっても強いのだ。一癖も二癖もある登場人物の中でなんか頼れる感じである。ちなみに彼が引き連れている家来のような少年は甥っ子で「審美庵(シンビアン)」という。なんかアレな気配が漂うところも狙っているのかよくわからない。

 なにせ作者的には禅の思想をSFに取り入れているようなので、通常の欧米のSF作品とは味わいが違いすぎる。でもやっぱ銃が最強の武器ってところが欧米っぽいなーと思う。そこは刀じゃないんか。

 しかしまあ、日本趣味がこういう形で宇宙SFに溶け込むとは、すごい力技である。

 

 その他にも注目すべきは作中ではいかにもそれっぽく披露されるウソ物理理論「後退理論」。作中ではそれらしく語られ、念の入ったことに巻末には解説まで付されている。SF的アイデアとしては面白いと思います。
 そんな訳でなんだか独特な雰囲気の奇想SF小説だが、作者のこの作風にハマってしまえば中毒に近い症状をきたすのではないか。圧倒的なパワーでぐいぐいと読者を引きずりまわし、そしてこんなヘンテコな物語で想像もつかないような冒険へ連れて行ってくれるのがSFの醍醐味でもある。

 1984年に日本で刊行されているが、2009年には文庫の表紙がリニューアルされている。日本でもまだまだ長らく読み継がれていきそうな勢いだ。星雲賞受賞作。