ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]雨の恐竜

 

雨の恐竜 (ミステリーYA!)

雨の恐竜 (ミステリーYA!)

 

 

 今年3月14日、JR東日本と西日本が共同運行する北陸新幹線の長野-金沢間が延伸開業した。地元は盛り上がっているようで、さらに2023年頃には金沢から敦賀(福井)間も開業する予定だという。

 沖縄に暮らす僕にはあまり関係のない話ではあるが、やはり新幹線の駅ができるというのは地方にとってはビッグニュースであり、福井駅では既に首都圏からのお客さんを呼び込むための取り組みが始まっているとか。その取り組みが「恐竜のモニュメント等をたくさん設置する」というもので、駅前はもはやジュラシック・パークのような様相らしい。それが何とも凄すぎて、最近ネット界隈でも話題になっている。開業するのはまだまだ先の話なのに、勢いでこういうの作っちゃうところがカワイイ。

 そう、よく知られているように、福井県は恐竜化石の産地である。化石が残りやすい土地であった上に、昔から県を挙げて大規模な発掘調査を行っているからだ。世界でも有数の規模の恐竜博物館もあるのだとか。

 やっぱり恐竜はロマンをかきたてるよね。地域の発展のために恐竜を全面に押し出すのもアリだと思う。子供たちも喜ぶだろうし、中には将来学者になる子もいるかも知れない。

 てな訳で、そんな福井県がモデルだと思われる「福知県」が登場する恐竜テーマの小説を紹介。

 

 3人の少女が暮らす町には、恐竜化石の発掘現場がある。その化石発掘現場で殺人とも事故ともつかない不可解な事件が起きた。捜査が行き詰る中、現場に残された足跡から恐竜犯人説までが浮上する。

  ……まだ小さな子供の頃、あの夕日の中、わたしたちは恐竜と一緒に遊んだんだ。去っていく後ろ姿を見つめながら、わたしは恐竜に親しみを感じていた。あ、恐竜じゃなくて「フクチリュウ」か―。

 SFやミステリーなど様々なジャンルで高い評価を得ている山田正紀ジュブナイル小説。少女の目線から世界を描くファンタジックな青春ミステリー。

 

 国内有数の化石発掘現場のある福知県の「恐竜の町」に14歳の斉藤ヒトミは暮らしている。いつも不機嫌なヒトミにかかってきた一本の電話。彼女の所属する映画部の顧問・浅井先生が謎の死を遂げたという。

 ヒトミに加えて恐竜マニアの茅崎サヤカ、学校一の美少女で運動神経抜群の勇魚アユミと幼なじみの3人がそれぞれの理由で事件に関わることになる。そこにヒトミの叔父や地元議員、警察署長などが登場、事件はますます混迷していく。

 

 山田正紀が書こうとしたのは事件の真相そのものではなく、14歳の女の子の心の動き。少女から女性へ。その多感で繊細で微妙で複雑の時期の心情を57歳(出版時)のオジサンである山田正紀はどう描くのか。

 物語としてはとても面白い。徐々に明らかになっていくそれぞれのキャラクターの意外な側面や、予想をつかせぬ事件の展開、ミステリーにも関わらずファンタジックで情感豊かな描写。小説としての読み所はいっぱいあるのだが、やっぱりというか、主人公たちの描写がいかにも「大人が書いた14歳」という風に見えてしまうのが気になるところ。

 「マジむかつく」などといった表現がヒトミの一人称である地の文ででてきたりするのだが、まあ実際そういう言葉づかいはするだろうけど、山田正紀の小説で読むとどうも違和感があるんだよなあ。うーん、これはどうしようもないことなのだけど。

 

 そんな多少の違和感は感じるものの、やはり14歳の瑞々しくてダークな視点から描く物語は興味深い。主人公の幼馴染3人組が単なる仲良し3人組ではなく、それぞれ一筋縄ではいかない想いを抱いており、またそれぞれの家庭環境も彼女たちの性格に影響を及ぼしていて、みんなひねくれた感情を抱いている。

 ここがポイントだと思う。大人が少女に見る清純さなんて幻想だ。本当の十代の女子ってそんなものだろう。決して素直で無邪気な存在なんかではない(男子はそうかも知れない。僕自身あの頃はあまり何も考えてなかった)。山田正紀はそこを正直に描写する。哀しみや妬み。不機嫌な感情を抱きつつ、少しずつ彼女たちは変化していく。

 

 実際、登場人物たちと同年代の読者には退屈に感じるかも知れない。派手な見せ場も少ない。だからこの本は大人のためのジュブナイルなのかも知れない。失ってしまったあの時代の感情を思い出させるからだ。

 だけど僕はこの本を十代のうちにこそ読んで欲しいと思う。この本に登場する少女たち自身、かつての失われた情景を懐かしんでいる。いくつであろうと年を経るにつれて僕らは何かを失いつづけているのかも知れない。

 そんなものの象徴として恐竜が登場するのだろう。僕は年齢を経ても本当に好きな大切なものだけは失いたくないと思う。でもそんな当たり前な事が難しいんだよね。

 

 ミステリーとしてもファンタジーとしても微妙な感じだが、そんなあやふやで危なげな所さえ作者の狙いのように思えてくる。違うかも知れないけど。

 やっぱり恐竜には魔力がある。大人たちをも魅了する魔力が。