ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]書店ガール

 

書店ガール (PHP文芸文庫)

書店ガール (PHP文芸文庫)

 

 

 僕が暮らす沖縄県内には長い事「大型書店」と呼べるような大きな本屋さんが存在しなかった。それだけ読書から縁遠い県民性なのかと思いきや、沖縄は大小の出版社が林立し、沖縄の事を扱った郷土本(沖縄県内で言われるところの「県産本」)が毎年多数出版されているのだ。試しにそこらへんの小さな本屋に入ってみると沖縄関連本だけで1コーナーができていたりして、確かにこれは他の都道府県ではあまり見られない現象だと思う。

 沖縄県では沖縄を扱った本がたくさん出版されている。その背景には琉球王国の時代から現在に至るまで大国との関係に翻弄され続ける地域の、自らのアイデンティティへの渇望があるように個人的には思うのだが……それはさておき。本はたくさん出版されているがあまり売れていない、という状況が不思議ではあった。

 最近まで鉄軌道の交通機関がなく、車社会の沖縄では読書に割ける「隙間の時間」があまりないとか、船便で運搬される出版物は発売日に発売される事はなく、少し遅れて本屋に並ぶので読書熱が冷めるとか、要因はいろいろありそうだが、詳しい事はわからない。

 とりあえず僕のその認識が少し変わったのは、2009年にジュンク堂書店那覇店が那覇市牧志にオープンしてからだ。

 こんなデカい本屋を那覇市内に作ってやっていけるのだろうか、と他人事ながら不安を感じていた僕は、休日ともなれば大勢の客で賑わっている同店のフロアを見て正直に驚いた。

 沖縄にこんなに本好きな人がいるのか、と思った。

 単純に売り方の問題なのかも知れない。売り方をうまくやればみんな本を買うのだ。いい本を読者の手元に届けるために、本屋さんは頑張っている。

 

 前置きが長くなったが、そんな訳で、本が売れない、出版不況だと言われるなか奮闘する書店員の姿を描いたのがこの小説。

 かつては都下随一と言われ、都内にも多くの店舗を構えるペガサス書房のK店で副店長をつとめる西岡理子。

 今日、部下で若手社員の北村亜紀が自分を追い越して結婚した。仕事は辞めないというが、理子は亜紀の仕事に対する姿勢に不満があって……。店内での人間関係などそこにはいろいろな感情が絡んでいくのだが、ある日突然、閉店のピンチが二人を、ペガサス書房K店を襲う。彼女たちはこの危機にどう立ち向かうのか。

 

 なんといっても本書の読みどころは前半。理子と亜紀の女同士のドロドロバトルだろう。お互いに対する敵意をむき出しにして女の闘いを繰り広げるが、それを章ごとにお互いの視点で描くのが面白い。それぞれの立場に立つと不思議と相手がイヤな女なんである。さすが女性作家だけあってたぶんここら辺の心理描写はリアルなんだろう。
 うーむ昼ドラみたいだなあ、などと思っていると中盤で大きな転換が行われる。理子の店長昇進と、半年後に店舗が閉鎖されるというニュース。初の女性店長は敗戦処理係だというのか。何より本を、書店を愛する彼女たちはこの事態に(不本意ながら)協力して立ち向かうことになる。

 

 後半はこの店舗立て直しの取り組みが描かれる。やっかみやひがみ半分で理子の足を引っ張る男たち。次々と新しいアイデアを出す亜紀、店長を全力でサポートする契約社員やアルバイトの面々。
 若いからこそできる新しいこと。ベテランだからこそできる熟練の対応。女性だからこそのきめ細やかな仕事。
 そう、前半は昼ドラのようなドロドロ系のストーリーかと思わせといて、実はこの小説は働く女性たちの闘いを描いたお仕事小説なのだ。
 登場する男性はほとんどダメ男ばっかりで、比例して仕事に真剣に取り組む女性たちの輝きが増していく。作中、理子の「キャリアウーマンの時代じゃあるまいし」という台詞がある。そうなのかと思い調べてみたら、今は「ワーキングガール」という言葉がある模様。なるほど。

 

 ともあれ彼女たちは閉店の危機を乗り越えられるのか。単純に危機を前にして反目していた彼女たちが一致団結する、という訳ではない。少しずつ、本当に少しずつ歩み寄るのだ。それぞれ譲れない部分を抱えながらも一つの目標に向かい進んでいく。

 PHP研究所のウェブサイトに掲載された作者のコメントによると、

<女性ふたりの「相棒(バディ)もの」を書きたい、というアイデアが最初にあった。相棒もの、つまり性格も考え方も違うふたりが困難な状況に追い込まれ、仕方なく協力して困難に立ち向かううちに、互いの能力を認め合うようになる物語。エンタテイメント映画では王道と言っていいこのパターン、だが、ごく一部の例外を除いては男性が主人公である。それが私には不満だった>

 のだそうだ。

 ちょいご都合主義な部分も無くはないが、前半の陰湿さ加減と、単純に爽快なラストにしなかった所は結構好きである。本好きと、苦悩しながら働く女性たちにオススメ。

 

 この本、2007年に新潮社から『ブックストア・ウォーズ』のタイトルで単行本が刊行されている。その時はあまり話題になった記憶がないからそんなに売れなかったのではないだろうか。2012年にPHP文芸文庫で文庫化された際に現在のタイトルに改題されており、「流行りに乗ってまた安直なタイトルにしたな」なんて偉そうに思っていたのだが、これが売れたらしくトントン拍子に続編が2冊刊行されてしまった。タイトルって大事なんだなあと思った。

 驚いた事にこの4月にはフジテレビ系でドラマ化されるという。渡辺麻友稲森いずみが主演だとか。これで本に興味を持つ人が増えたらいいなとは思うが、一体どんなドラマになるんだろうか。