ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[映画]ガタカ

 

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<両親の愛の結晶として生まれる子供は幸せだというが そんなのは昔の話だ>

 

 そう遠くない未来。人類の生殖は科学で管理され、DNA操作と人工授精によって生まれた「適正者」だけが順調な人生を歩むことができた。優秀な遺伝子を持つ者ほど有利な人生を歩むことができる社会。
 そんな時代に珍しく自然妊娠・出産で生まれたビンセントは遺伝子が「完璧」ではないため、「不適正者」として差別され不遇な日々を送っていた。
 宇宙企業ガタカ社に勤務し宇宙飛行士になるという夢を抱いて勉強と鍛錬に励むが、不適正者の彼にとってそれはかなわぬ夢である。だがある日、優秀な遺伝子を持ちながら事故により下半身不随となった男、ジェロームと出会ったことから彼の人生は大きく動き始める。

 

 この映画は1997年にアメリカで製作された。原題は“GATTACA”。タイトルはDNAの基本塩基であるグアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)の頭文字が由来である事がオープニングシーンで暗示される。監督はアンドリュー・ニコル。この映画が初監督作。ビンセントをイーサン・ホークが演じ、ビンセントの同僚役でユマ・サーマン、ジェローム役でジュード・ロウといった実力派が共演している。

 

 この映画が描く未来はある種の理想社会なのかも知れない。遺伝子学者の管理のもとで生まれた子は先天性の疾患が極力排除され、外見や寿命も可能な限り両親の意向に沿ったものとなる。だからこの時代、国籍や肌の色で差別される事は無い。そのかわり社会の最下層に位置づけられるのは不適正遺伝子を持つ者である。親のエゴか、子供の幸せか、人の運命をも操ることに疑問を持たない社会。果たしてこの社会は幸福な社会なのか。

 

 最初の子を産む時は自然分娩にこだわったものの、その後の成長を見て考えを改め二人目を作る時は人工受精にする主人公の両親の姿など見ていると、なんだか色々考えさせられる。

 この映画の冒頭で引用される言葉はさらに象徴的だ。

 

<神が曲げて造られたものを 誰が直すことができようか?>(伝道の書) 
<自然は我々人間の挑戦を望んでいる>(ウィラード・ゲイリン)

 

 主人公が遺伝子の欠陥というハンデを背負いながらも必死に目標へ向かおうとする姿は胸に迫るものがあるが、監督は感情的な雰囲気にせずスタイリッシュな画面を作り上げている。どことなくレトロだけどなぜか未来的に感じさせる小道具や、宇宙服がスマートな黒スーツだったりするところもなかなかのセンス。またこういった画面づくりがかえってストーリーに重みを持たせているようでもある。
 あと一歩で夢が叶うという時に主人公の周囲で殺人事件が起こり、運命は思いもよらぬ方向へ転げ落ちていく。
 SFサスペンスの形をとっているが、内包するテーマは極めて社会的で哲学的だ。

 

 もって生まれた遺伝子のために閉ざされかけた運命に抗い、自らの手でこじ開けようとするビンセント。最高級の遺伝子を持つエリートでありながら頂点に到達できず、不慮の事故により未来を奪われたジェローム。奇妙な対比を見せながら二人は友情でつながっていく。
 必見なのはジュード・ロウ演じるジェロームが螺旋階段を必死で登るシーン。それぞれの絡み合った命運を打開するために螺旋を登っていく男……。そこに込められた寓意は明白だろう。SF映画史上屈指の名シーンである。

 

 よくよく考えると細部にツッコミどころがあったりするが、まあこれは科学と人間の関係性を描いた寓話なのだと思えばまあスルーできるレベルだろう。ここらへんアンドリュー・ニコル監督が脚本を担当した『トゥルーマン・ショー』(1998年、ピーター・ウィアー監督)なんかもその傾向が顕著だった。
 それでも2011年にNASAが選出した「現実性の高いSF映画10選」で1位に選ばれている。科学が人間の宿命すら左右する。出生前の診断は現在でも行われており、倫理的側面が今でも議論の的になっている。これは現在に起こり得る「リアルなSF映画」だと認められたわけだ。

 

 落ちこぼれにとって美しいラストシーンは涙なしには見られない。希望に満ちているはずなのになぜか物悲しい気持にさせられ、主人公が最後に独白する台詞もずしりと心に残る。重苦しい空気感を持っているが、根底にあるメッセージは明白で、ヒトの想いは遺伝子なんかに左右されないのだと力強く謳いあげている。

 

 ジュラルメールファンタスティック映画祭審査員特別賞受賞、アカデミー賞美術賞ノミネート、ゴールデングローブ賞音楽賞ノミネート。