ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]ゴーン・ガール

 

ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)

ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)

 

 

 僕は独身者なのであまり知ったような事は言えないのだけど、結婚生活というのは他人同士だった男女が共に生活を続けていく訳で、まあそこにはいろんな困難があるんだろうなとは思う。
 男女の違いなんて生物学的には大したものではなくて、男も女も似たようなもんだと思うのだけど、人間は所詮不完全な生き物なのでその些細な違いをさも巨大に感じるのだろう。
 だから「男はバカ」とか「女は怖い」とか安直に決めつけてしまうのは危険だと思うのだ。だがしかし、僕はこの小説を読んだ時に心底「女の怖さ」を感じてしまった。
 あ、いや別にこの小説が男女の違いを安直に描いているという訳ではないんだけどね。

 

 34歳のニック・ダンはかつてニューヨークで雑誌のライターをしていたが、失業し2年前に故郷のミズーリへ戻っていた。生まれ育った町ノースカーセッジでは双子の妹マーゴと共にバーを経営する等していたが、結婚5周年の日、ダンの妻エイミーが失踪する。2人の家には争った跡があり、それは事件の可能性が濃厚だった。

 すぐに警察による捜査が始まるが、様々な状況証拠により人々の疑いの目はダンに向けられていく。潔白を主張するダンだったが、彼は何かを隠しているようだ……。

 

 ダンの独白とエイミーの日記が交互に提示され、読者を事件の真相へと誘っていく。興を削ぐのでこれ以上ストーリーは書かないが、息を呑む展開で読者はラストまで一気に読まされてしまうに違いない。
 2012年にアメリカで刊行されて大きな反響を呼び、スティーヴン・キングらが絶賛。邦訳は2013年に小学館文庫から出版された。文庫版で上下巻、それぞれが約400ページもあるが、スピーディな物語にぐいぐいと引き込まれてしまった。

 そして中盤、上巻のラストから下巻の冒頭にかけてどんでん返しとも言える急展開が待ち受けており、あっと驚かされるだろう。ここら辺の「引き」の強さは上手いもので、上巻を読んだ読者はまんまと下巻を買わされるハメになる。悔しいけど面白いから仕方がない。

 

 文庫本の帯には<海外「イヤミス」の最高峰>と書かれている。「イヤミス」とは「イヤな気分になるミステリー」の事だそうで、日本なら湊かなえ沼田まほかる真梨幸子あたりがそう呼ばれているらしい。単純明快なハッピーエンドにうんざりした時や、人間のどろどろした部分にあえて触れたい時なんかにピッタリだ。

 そんな訳でこの小説も読者を実にイヤな気分にさせてくれる。嘘、虚栄、憎悪、復讐。描写的にはグロい場面はあまり無いが、心理的になかなかヘビーなものを投げつけてくる。

 

 ちなみに中盤のどんでん返し以降もさらに予想外な展開を見せるのが特徴的。どうやってこの物語を着地させるんだろうとドキドキします。
 でもって僕が個人的に一番怖いなと思ったのは、このラストって人によっては(もしかしたら女性にとっては)スカッとするラストなのでは……と思ってしまうところ。いや、確かに主人公はダメ男なんです。男の僕から見ても。うーむ、何とも言い辛いのだが女の人の感想を聞きたいところ。
 ちなみに作者のギリアン・フリンは女性。美人です。本人もミズーリ州出身。第1作“Sharp Objects”が『KIZU -傷-』という妙な邦題で訳されており、第2作“Dark Places”も『冥闇』という凝ったタイトルで邦訳されている。本書は3作目だ。CWA賞最優秀スパイ・冒険・スリラー賞にノミネートされた。

 あと本筋とはまったく関係ないが小説の最初の方で村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』がちらっと登場するのでちょっと面食らいます。

 

 2014年には原作者自身の脚本で映画化され大きな話題になったので憶えている人も多いだろう。
 監督はこれまた過去に『セブン』という素晴らしくイヤな気分になれる映画を撮ったデヴィッド・フィンチャー。オリジナル作のみならず原作モノから続編モノ、実話モノまでなんでも職人的に調理してしまう手際は健在で、今回もフィンチャー監督らしく短くスピーディなカットを積み重ね、2時間半におよぶ長尺ながら緩急つけて演出している。
 『ソーシャル・ネットワーク』では上映時間を短くするため俳優に台詞を早口で喋らせたという逸話を持つフィンチャー。今回も長い原作を大きな変更なく映画化しているが、長くなりすぎないよう上手くまとめている。それでも2時間半かかっている訳だが。
 主演は「いけ好かないアゴを持つ男」といえばこの男ベン・アフレック。ハマリ役。エイミー役にはこれまた絶妙なロザムンド・パイク。キャストも素晴らしいです。
 例の中盤のどんでん返しのシーンにおける緊張感の高まりとその後一変してしまうストーリーのコントラストはこの映画の最大の見所だろう。

 

<言わずにいるという嘘が、ぼくは大の得意だ>(上巻p260)

 

 濃密な男女の闇に、物語は沈んでいく。