ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]ライチ☆光クラブ

 

ライチ☆光クラブ (f×COMICS)

ライチ☆光クラブ (f×COMICS)

 

 

 「ゴウン、ゴウン」常に重い音が響き渡る工業都市・蛍光町。とある廃墟の奥。そこに「光クラブ」と名づけられた少年たちの秘密基地がある。男子校である蛍光中学校の生徒たちが作り上げた秘密基地だ。そこにはゼラと名乗る少年が帝王として君臨し、手下の少年らと1つの計画を進めいていた。
 その計画とは少年たちの欲望を満たすための機械「ライチ」の製作。そして今まさに「ライチ」が起動する時がやってきた。「ライチ」はその名の通りライチの実を燃料とし、思考するロボットである。

 ライチはゼラらの命令により人間の女の子を誘拐し始める。しかしライチには「美しい」という感情が理解できず、少年らの美意識からすると醜い女ばかりを連れてくる。そこである少年が一計を案じ、「ある感情」をインプットすることでライチは新たな価値観を得る。そして事態は取り返しのつかない所まで転がってしまい……残酷劇(グランギニョル)が幕を開ける!

 

 1985年12月、劇団「東京グランギニョル」による第三回公演「ライチ・光クラブ」が上演された。東京グランギニョルは数年の活動期間にわずか4作品を発表しただけながら、作品中では廃墟や学生服をフィーチャー、暴力的・退廃的な描写でマニアックな評判を呼び、今なおカルトな人気を誇るという伝説的な劇団である。
 今回はその東京グランギニョルによる「ライチ・光クラブ」を古屋兎丸が漫画化。思春期の少年たちの破滅衝動と残酷性を耽美に描く。

 

 作者自身がこの劇に大きな思い入れをもっているだけあって(あとがきでは非常に熱く本作や劇団に対する思いを語っている)、とにかく渾身の筆致である。至る所で人が死んだり人体が破壊されたりと残酷描写が登場するので、そういうのがダメな人は受け付けないかも知れないが、それらの残酷描写でさえ耽美な作品全体の雰囲気を壊さないよう洗練されたタッチで描かれている事だけは付け加えておく。

 

 作者の古谷兎丸は幅広い作風でベタなギャグから凄惨なホラーまで描いているが、本作も、直前まで爆笑妄想エロ系漫画『π(パイ)』を週刊誌で連載していたとは思えないほど作風が一変している。こういう妖艶にして残虐、そしてダークな少年たちの世界を余すところなく描く漫画をも手掛けているのが凄いなあと思わされるのだが、考えてみたら『π』も男子高校生がオッパイへの憧れを屈折しながら追い求めるというストーリーだったから、思春期男子的な妄想の世界、という意味では共通しているかも知れない。

 

 それにしても、作中ではこんな事したら大事件になって社会問題になってしまうのでは? とか、こんな事をしてなぜバレないのだろう? とか、現実的な整合性の合わない部分も多数あるが、そこらへんはまあ深く考えなくてもよいのだろう。とにかく頭からこの雰囲気に浸かってしまえば良い。

 

 特に少年たちのボス、ゼラというキャラクターに関しては出色。大人になることを罪とし、一貫した美意識と類稀なカリスマにより廃墟に君臨する学生服の帝王はその頭脳により悪事の限りを尽くすのだが、その表情の美しさばかりが印象に残る。最期の場面の壮絶なまでの美しさは強烈だ。

 

 童貞の少女に対する抑えきれない衝動、いくら拒んでも大人になってしまう焦り。本作ではそれに薔薇的な関係を取り込み、そこにライチの人間に対する感情を絡みつかせている。もつれにもつれた少年たちの暴走はやがて破滅へと導かれていくのだ。

 

 少年たちにとって重要な役割を担うカノンという少女の行動原理がいまいちよくわからなくて読みながら戸惑ってしまうのだが、彼女が少年たちの憧れと欲望を一身に背負わされたヒロインである事を考えれば、その行動も何となくだが理解できる。少年らにとって彼女は女神そのものだったのだ。

 作品は濃密な雰囲気に満ちていて、分量の割に続きをどんどん読ませる技術は素晴らしい。
 だいぶ原作の劇とは違う部分もあるらしいが、とにかく本書は演劇「ライチ・光クラブ」の単なる漫画版という訳ではなく、古屋氏による新しい解釈を経て20年後に蘇った「ライチ・光クラブ」だと考えた方が良いのだろう。

  2012年には『ライチ DE 光クラブ』のタイトルでTOKYO MXにてアニメ化されている。内容はパロディギャグだったらしい。また同年、漫画版をさらに舞台化したものが上演されたそうだ。時代とともに作品が進化しているのだ。

 ちなみに2011年と12年に、この作品の前日譚となる作品『ぼくらの☆ひかりクラブ』上・下巻が立て続けに刊行されている。

 

 本作は雑誌「マンガ・エロティクス・エフ」2005年vol.33~2006年vol.39に連載された。最後のシーンは異様な静寂に満ちている。読み終えた後、「ゴウン、ゴウン」という工場の不気味な響きがいつまでも耳に轟く作品である。