[読書]ペンギン・ハイウェイ
- 作者: 森見登美彦,くまおり純
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/11/22
- メディア: 文庫
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<小学二年生の頃まで、「=」(イコール)は「答えは?」という意味だと思っていた。たとえば「2+2の答えは?」というように。でもそれは間違いだった。「=」は、左側と右側が同じ値になるという意味なのだった。ぼくはそのことを父から教わったとき、まるで天地がさかさまになったような、たいへんふしぎな気持ちになったことを憶えている>(p73)
恐竜や宇宙、深海や昆虫の世界。そして偉大な発明たち。かつて少年であった誰もが一度は憧れを抱いたに違いない。理科の教科書にはワクワクする実験がたくさん載っていた。未来都市の想像図は必ず科学の発展とセットだった。
少年が大人へと成長する過程は驚きと発見に満ちている。友達たちと過ごす日々、街中を探検して見つけた何かは大人になってからでは得られない大切な宝物になるだろう。
そして科学は少年にとって強力な武器であり永遠の憧憬だ。科学は世界を正確に記述する。科学を身につけることで大人とも渡りあえるし、世界を紐解くこともできる。僕らは成長する過程でそのマインドをどこに置いてきたのだろう?
小学生の頃は、こまっしゃくれて生意気な博士キャラの子がクラスに一人はいたような気がする。彼らは今どんな大人になっているんだろう?
この小説はそんな小生意気なガキが主人公。小学4年生のアオヤマ君は勉強が大好きだ。「もう大人に負けないほどいろいろなことを知っている」「だから、将来はきっとえらい人間になるだろう」と自負もある。
そんなアオヤマ君が暮らす街にある日、ペンギンの大群が出現するという不思議な事件が起こる。海のない街になぜペンギンが……? この出来事をきっかけに、アオヤマ君はこの街の謎に挑んでいくことになる。仲間は同級生のウチダ君やハマモトさん。そして何か大きな秘密を抱えているらしい歯科助手のお姉さん。
小学4年生のアオヤマ君が遭遇する世界は驚異に満ち溢れている。彼はそんな世界で忘れられない日々を過ごしていく。
<毎日の発見を記録しておくこと。そして、その発見を復習して整理すること>(p226)
京都を舞台にしたマジックリアリズム小説で注目を集めた森見登美彦が、初めて京都以外の街を舞台に描いたのは科学少年の成長の物語。アオヤマ君は小学4年生にして人知の及ばない謎に立ち向かうことになるが、そこにあるのはあくまで科学的に現象を解明しようという真摯な姿勢だ。大人の僕らはこんな姿勢をいつ忘れてしまったんだろう。
書評家の大森望は「少年版『ソラリス』とでもいうべきファースト・コンタクトSFの秀作」と評している。特筆すべきは、少年達はマジな未知現象だけでなく、大人にとっては当たり前のような事にだって好奇心を向けて同列に研究していくこと。街を流れる川がどこへ繋がっているのかとか、歯科助手のお姉さんのおっぱいについてだとか。
瑞々しい発見の毎日は眩しいほどだけど、でも侮るなかれ、これらの研究はやがて一つの大きな謎に収束していくのである。さらりと書いているけど作者のここらへんの力量は大したもの。大人は関心も払わない小さな出来事も、どこかで何かと繋がっているのだ。
<怒りそうになったら、おっぱいのことを考えるといいよ。そうすると心がたいへん平和になるんだ>(p51)
正直、現象を観察してノートに記録し、法則性を発見していくアオヤマ君の姿には心底感心するが、でも普通こういう生意気なガキには何となく好感を持てないものだったりする。ジュブナイル小説なんかでもこういうキャラは主人公の助手的キャラにこそなるかもしれないが、主人公にはあまりならない。
でもアオヤマ君がクソ生意気なガキであるにも関わらず読者が感情移入してしまうのは、彼が誰に対しても真剣に向き合っていて、自分の気持ちを隠さないマジメさを持っているからだ。
解説で漫画家の萩尾望都は「最後のページを読んだとき、アオヤマ君とこの本を抱きしめたくなる」と書いている。何でこんなにアオヤマ君が愛しいんだろう。この物語が愛しいんだろう。小学4年生の、たった140日間の物語は、少年を世界の果てへと運んで行ったのだ。
森見登美彦が描く、京都ではない架空の街。主人公が描く、この街の地図が見てみたい。
<でも、そのときぼくはふと考えたのだけれども、今こうしてお姉さんといっしょにいるということは、お姉さんといっしょにいることを思い出すこととは、ぜんぜんちがうのではないだろうか>(p253)
やがてアオヤマ君は世界の真実を知る。胸を締め付けるような美しいラストは、読者に強い余韻を残すだろう。細田守あたりにアニメ化して欲しいな。この世界観を上手く映像化してくれると思うんだがな。ちなみにこの小説が文庫化された時、版元によってテレビCMが作られたようで、動画サイト等でも観ることができる。
第31回日本SF大賞受賞作。