ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]草子ブックガイド

 

草子ブックガイド(1) (モーニング KC)

草子ブックガイド(1) (モーニング KC)

 

 

 1998年にアメリカで製作された『ディープインパクト』というSF映画がある。彗星の地球衝突を描いた作品だが、素材の派手さの割に物語が地味だったためあまり印象に残らなかった(同時期に公開された『アルマゲドン』は似たような素材を扱っていて物語が派手だったのでみんなの記憶に残っている)。ただ個人的にはこの映画でとても強く印象に残っているシーンがある。僕自身は十代の頃にこの映画を観たんだけど、今でもそのシーンをよく憶えているくらいだ。

 それは事故によって視力を失った若い宇宙飛行士に、老宇宙飛行士がメルヴィルの小説『白鯨』を読み聴かせるシーン。人類滅亡の危機を前に絶望感が満ちる中、一瞬だけ心を和ませ、それだけに胸に突き刺さるシーンだ。
 どうだろうね、僕がこんな状況になったら、人に本を読んであげたりできるだろうか。だからこそ思うのだ。科学の最先端にいようが、人類が滅亡しかけていようが、物語は人を惹きつけるんだなと。

 

 『草子ブックガイド』は雑誌「モーニング・ツー」及び「モーニング」に2010年から2014年にかけて連載されたマンガ作品。現在は3巻まで刊行していったん休止している状態のようだ。
 中学生の内海草子は、古本屋「青永遠屋(おとわや)」で本を万引きしては感想文を挟み込んでこっそり返す、という奇妙な行為を繰り返していた。店主のもその事実に気づいてはいたが、草子が書く感想文が実は楽しみという事もあり、咎めようとはしなかった。
 やがて紆余曲折を経て草子は青永遠屋の仕事を手伝うようになるが、草子の心の中には家庭や学校で居場所を見つけきれないやりきれなさが常に影を落としていた。

 

 物語は基本的に各話ごとに一冊の本を取り上げ、草子が他の登場人物たちにその本を紹介、それが少しずつ周囲の人の気持を変えていくという流れである。それぞれの話は独立しており、そこに主人公と父親との確執、クラスメートとの淡い恋、友人たちとの不器用な友情等が横軸として関わってくる構成だ。
 スクリーントーンを使用せず、細やかなペンのタッチで陰影を表現した絵柄は濃密で重い印象を与えるが、それだけに作者のこの作品への思い入れも伝わってくるようである。

 取り上げられる本は『雨月物語』(上田秋成)や『山家集』(西行)といった古典作品から、『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)、『新しい人よ眼ざめよ』(大江健三郎)といった最近の作品まで幅広い。他にもカポーティケストナーといった外国文学も多く取り上げている。ちなみに沖縄からは山之口獏もちらっと触れられている。あとボルヘス稲垣足穂なんてところも作者のセンスを感じさせるが、特徴的なのはジャンル小説も網羅している点で、僕の好きなSFからも『夏への扉』(ハインライン)と『ハローサマー、グッドバイ』(コーニイ)が取り上げられていて驚いた。作者はかなり読書好きなのだろう。

 

 そしてやはり、このマンガが取り上げるのはほとんどが「小説」なのである。
 草子が書く本の感想文は周囲の人々と草子自身に少しずつ変化をもたらしていく。物語には物語の作者の気持が込められているが、それを読み解く事が内気な草子の心も解きほぐしていく。
 感想文を書く=人に本を薦める事を介して草子は世界と接触していくのである。本来非常にプライベートな娯楽である読書が、「共感」という輪として外部に拡がっていく現象は、ソーシャルメディアで「シェア」するのと同じ世界にあるのかも。

 

 ともあれやっぱり「紙の本」を読む事で拡がる共感は、SNS上の共有とは密度が違うのだ。登場人物の気持になりきって作者の心のひだまで読み解いていく草子の読書の姿勢は見習わなくてはと思う。ただ消化するように小説を読むのではなく、一冊一冊を大切にしながら読んでいた、本を読み始めたあの頃の感覚を思い出すからだ。

 本を開けばそこには美しい自然や、迫力に満ちた冒険が溢れている。いつの時代にも、どんな遠くへも行ける。人づきあいが苦手な草子にとって本は唯一居心地のいい場所だったのだ。
 もちろんそこに記されているのは胸躍る事ばかりではない。残酷な人の行いや過酷な運命も書き記されている。だがそんな負の部分も含めて物語は僕らを未知の旅に連れて行ってくれる。
 このマンガに登場するのは本を愛する人たちばかりだ。そして涙が出そうなくらいいじらしく真っすぐに生きている。現実にこんな事あるかいって突っ込みたくなる気持もあるが、でもやっぱりそんな登場人物たちが愛しくてたまらなくなってくる。
 だから、自分自身を振り返って考えてみる。僕は道を見失った人に本を読んであげる事ができるだろうか。その人のための本を薦める事ができるだろうか。

 

 古書店が主な舞台なので、古本や本に関する知識も豊富に詰め込まれている。そこらへんも読み所だ。