ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]スワロウテイル人工少女販売処

  

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

 

  

 未来の日本。性行為によって感染する病気により<種のアポトーシス>と呼ばれる状態に陥った人類は、関東湾の人工島に男女別に分けられた自治区を建設。感染者を強制的に隔離する。二十数万人が暮らすそこでは人工妖精(フィギュア)と呼ばれる疑似生命が人間の伴侶として存在していた。“第三の性”である彼/彼女らは様々な気質を持ち、それぞれが人間のために奉仕していた。
 そんな関東湾東京自治区で発生した謎めいた連続殺人。“傘持ち(アンブレラ)”と呼ばれる容疑者を追う人工妖精・揚羽は、やがて自治区全体の運命を揺るがす事件に巻き込まれていく。

 『θ 11番ホームの妖精』(電撃文庫)でデビューした作者の第2作。ライトノベル的なガジェットと本格SFのストーリーテリングで新たな地平を切り開いた。
 ルビ付きの単語を多様した独特な文体を駆使し、強固な世界観の中へ読者を放り込む力技は、慣れていないと受け付けないかも。僕も途中で何度も投げ出しそうになった。しかし、気になるのだ。登場人物たちのいじらしさが、壮絶な人類の命運が、読者の胸を鷲掴みにするからだ。

 青色機関(BLuE)、赤色機関(Anti-Cyan)、自警団(イエロー)、脱色街(ホワイトリスト・エリア)、全能抗体(マクロファージ)、末梢抗体(アクアノート)、水先案内人(ガイド)、微細機械(マイクロマシン)……。これら作者独自のセンスで作り上げられた用語が頻出するので面食らってしまう人も多いだろう。おまけにこれらの単語についての説明がこれまた非常に回りくどくなされるのできつく感じる人も多いかもしれない。
 しかし本当に読者が戸惑ってしまうのはその世界観の奇妙さであろう。人工妖精と呼ばれる人工知性が人間と共に暮らす世界。そこで巻き起こった事件は、生と性という究極のテーマを深く深く掘り下げていく。
 その過程でびっくりするほどスケールが拡がってしまい、さらに枝分かれした様々なテーマが発生していき、またそれらをちゃんと作者が拾っていくので、どうにもこうにも話がまとまらなくなってしまったような感じを受ける。要は詰め込み過ぎな感じがするのだ。物語の端緒となる殺人事件についてさえ中盤では脇に追いやられてしまう。

 しかしクライマックスにあたる第三部でストーリーはものすごい勢いで収束していく。作者が求めた答えに向かって、登場人物たちは疾走していく。この勢いは圧巻だ。
 男と女、そして人工妖精。それぞれの幸せとは何なのか。性とは何なのか。共生とは何なのか。ライトノベルっぽい表紙からは想像もつかないほど深遠な問いに、作者は真摯で愚直に答えを探していく(個人的にはこの表紙はなかなか雰囲気があってイイと思います)。

 とはいえまあ、そこまで難しく考えずに、揚羽たち人工妖精たちの真っ直ぐな可愛らしさにただ萌えるだけでもいいのかも知れない。人間に仕え、人間に喜ばれるために生まれてきた人工妖精。そんな人工妖精たちの悲哀と歓喜が全編を覆っているからだ。
 先に述べた通り文章に非常にくどい部分があったりするのだが、まあそれも慣れの問題。 人類と人工妖精を襲う苛烈な運命に立ち向かう健気さを見守るしか我々にはできない。

 ちなみに作者の名前は「とうま・ちとせ」と読み、沖縄県出身である。だからか沖縄でよく見かける名字である「屋嘉比」という名のキャラクターが登場したり、ちらりと沖縄県の事が作中で触れられていたりする。後半には現在の普天間飛行場移設問題を彷彿とさせるような部分があったことも、沖縄の人間である僕にはとても興味深かった。

 本書は刊行後様々な反響を呼び、性差をテーマとして探求する作品に与えられる文学賞、センス・オブ・ジェンダー賞の2010年度の話題賞を受賞した。その受賞の言葉で作者は『人がどのような生き物であるのか、どうした生き方が(色々な意味で)「よい」のか、たくさんの読者の皆様も巻き込んで、一緒に考えてみたいという気持ちが、強く、長らく私の心の奥にあった』と語っている。

 

<人間はお前たち人工妖精を生み出した。だが、それはお前たちに痛みを押しつけるためじゃない。私たち人間は、出来るものなら自分より幸せになれる誰かを生み出したいと皆が思っているからだ>(p496)

 

 人工島にたくさんの蝶が舞う光景が目に浮かぶようだ。
 この世界観はシリーズ化されており、現在までに本書以外に3冊が同レーベルから刊行されている。