ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]日本アパッチ族

 

日本アパッチ族 (ハルキ文庫)

日本アパッチ族 (ハルキ文庫)

 

 

 数年前、全国各地で金属窃盗事件が多発し大きなニュースになった。ガードレールやらすべり台やらお寺の鐘やら工事現場の鉄板やら、こんなん無くなったら周囲はたいへん困るだろうにというものが忽然と消えたのだ。某女性タレントの弟で本人もかつてタレント活動をしていた男が金属ケーブルの窃盗で捕まったという呆れたニュースもあった。

 これら金属の行き先は金属の需要が高まっている中国ではないかと言われていた。真偽の程はよくわからないが、発展の段階にある国ではそんなに金属って高く売れるものなのかと感心した憶えがある。
 しかし、戦後の日本にも似たような状況があったのだ。当時、金属窃盗事件のニュースを見て、この小説を思い浮かべた人も多かっただろう。
 小松左京の処女長編『日本アパッチ族』だ。

 

 大阪に暮らす木田福一は、上司を殴ったために会社をクビになった。あまりの事に呆然としつつあっという間に3ヶ月が経過、彼は「失業罪」で追放の刑を下されてしまう。大阪の街中にある「追放地」に閉じ込められてしまった木田は、自らをアパッチを名乗る異形の集団に出会うのだが……。

 実はアパッチというのは自らの体を変えて環境に適応した元人間らの集団で、どん底から這い上がるためになんと<鉄を食って生き、体も金属化させている集団>なのである。
 このアパッチが八面六臂の活躍をするのが本書の大まかな内容だ。異形の集団といっても、元々は大阪のオッサンたちなので非常に陽気で屈託がない。会話ももちろん大阪弁で、「どないしなはった?」「何かおましたんか?」なんて具合なので、ストーリーの緊迫度に対して雰囲気は実に緊張感がない。アパッチ自身がのんびりした性質なのだ。

 

 しかし本書で書かれている物語がとても深い問題をはらんでいる事に読者はすぐ気づくだろう。
 憲法が改正されて「失業」が罪になっている社会というのも不穏だが、それにも増して気になるのが、軍隊が復活している社会である。アパッチを攻撃する為に出動した軍隊との攻防のシーンは、失業者のなれの果ての集団vs国家軍という絶望的なシチュエーションなのだ。そんな感じはしないように書かれているけど。

 これは戦争とその後の社会の変革を経験した小松左京ならではの皮肉だと思う。

 

 本書の背景として、戦後日本に「アパッチ族」とあだ名された金属窃盗団が実在したことがあげられる。まだ復興真っ最中の日本には所々に廃墟や施設跡があったらしく、そこから鉄くずを不法に回収していた人がいたらしい。小松氏はそんなアパッチ族が跋扈する廃墟からこの物語を創造したと語っている。
※参考までに開高健氏の『日本三文オペラ』、梁石日氏の『夜を賭けて』もアパッチ族を扱っている。


 つまりこの物語を読む上では「戦争」「失業」「貧困」といったキーワードが非常に重要なのだ。それを踏まえて読むと、単なる娯楽小説ではなく、ちょっとした毒を含んだ風刺小説の側面もあることに気づくだろう。
 それに加え、政治・経済・社会を徹底的に茶化し作品の中に取り入れている。この手腕がやがて日本を完全に壊滅させてしまうあの長編SF小説日本沈没』へと繋がっていくのだ。

 人間が金属を食べ、体まで金属化させていく部分については科学的・生理学的に一応説明がされており、どこまで本気なのかハッタリなのかわからないが何となく納得させられてしまう力技。読んでて「本当にこんなことって起こりそう」と思わせ、しかも「鉄ってなんだかおいしそう!」とまで思わせてしまうところが小松SFの醍醐味だろう。

 

 Wikipediaで調べてみたら、東宝において岡本喜八監督、クレージーキャッツ主演の映画化が企画されたが頓挫したという。最近では2012年にMBSラジオでラジオドラマ化されたらしいが、今の映像技術なら実写化しても迫力あるものになりそうな気がする。誰かやってくんないかなあ。

 ちなみに小松左京は、新婚時代に奥さんの嫁入り道具であるラジオまで質に入れてしまい、娯楽がなくなった妻のためにこの物語を書き始めたそうだ。微笑ましいエピソードだ。

 

 それはともかく、読んでいるとやたらに陽気で人懐っこいアパッチたちのキャラクターに思い切り感情移入してしまう。おまけに鉄を食うもんだから、戦車だろうがパトカーだろうが何でもかんでも平らげてしまう痛快さ!

 国家との衝突を経てアパッチ族は日本社会に変化をもたらしていく。彼らの行き着く先は、人類の未来はどこへ向かうのか。ラストでの木田の独白が胸を打つ。息をもつかせぬ展開で描ききる、小松左京初期の傑作。