ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]ΑΩ(アルファ・オメガ) 超空想科学怪奇譚

 

ΑΩ(アルファ・オメガ)―超空想科学怪奇譚 (角川ホラー文庫)

ΑΩ(アルファ・オメガ)―超空想科学怪奇譚 (角川ホラー文庫)

 

 

 飛行機事故で死の淵を彷徨った男・諸星隼人。瀕死の状態にあった彼は、ある生命体と融合し蘇った。それは人間とは異質のプラズマ生命体「ガ」。「影」と呼ばれる存在を追いかけて地球に飛来した「ガ」は情報の集合体であるため、地球上では実体を持つことができない。そこで死にかけの諸星隼人を再生させ、彼と一体になることで「影」の殲滅に乗り出したのだ。

 やがて地球上で破壊の限りをつくし始める「影」。人類はなすすべもなく破滅しようとしている。そこに現れたのは、「ガ」と諸星隼人が変身した姿……光の巨人。

 アルファ・オメガ、それは全ての始まりと終わり。これは小林泰三が圧倒的なイマジネーションを駆使し、ハードな科学的背景とグロテスクな描写で構築する質の高いエンターテイメント小説だ。

 

 諸星隼人という名前でピンとくる人もいるかも知れない。そう、この小説は「ウルトラマン」のパロディである。ウルトラマンの故郷「光の国」をプラズマ生命体の世界に置き換え、リアルなヒーローを描き出している。

 このプラズマ生命体の描写は圧巻。我々が考える「生命」とはまったく異なる概念で生きるこの生命体は、情報の交換で生命を維持している。最初は意味がよくわからんと思うが、読んでいるうちに相当引き込まれてしまうと思う。こんな生態よく思いつくなあと驚くが、この驚きこそSFの楽しさだろう。ここまでのびのびとハッタリをかます辺りは素晴らしい。

 

 初代の『ウルトラマン』がテレビ放映されたのが1966年だそうだから、もう50年も前になるのか。1980年生まれの僕はもちろんリアルタイムで見た世代ではない。むしろ子供の頃には懐かし映像的な番組でウルトラマンを見て、映像や特撮が古臭いなあと思っていた位だ。

 ただそれでも僕が個人的にちょっとした思い入れがあるのは、この番組の誕生に沖縄出身の脚本家・金城哲夫が深く関わっていたからだ。円谷プロダクションでこの企画に携わっていた彼は、脚本だけでなく監修や構成で大きく貢献し、初期の功労者の一人である。

 沖縄戦体験者であった彼はウルトラマンの世界に様々な思いを反映させていたのではないかとされるが、実際の所はどうだったのだろう。

 ウルトラマンのシリーズは現在も綿々と続けられている。いずれにしろ金城哲夫が作り上げた世界観は多くの子供達やクリエイターの想像力を刺激し続けている。

 

 そしてこの小説もその産物の一つだ。ウルトラマンがこの世界に存在するとしたらどんな生命体だろうか。どんな活動をするだろうか。デビュー作『玩具修理者』に収録された中編「酔歩する男」でSF界を瞠目させた作者である、科学考証の上に築き上げられたリアルなウルトラマンの世界に括目すべし。

 ちなみに小林泰三なので容赦なしにスプラッタなシーンが登場する。何の罪も無い人が悲惨な目にある場面も多いので、そういうのが苦手な人は受け付けないかも。逆にそういうの平気な人には無茶苦茶面白いと思います。

 読んでるとぐちゃぐちゃな描写の中で本当に人間が虫けらのように死んでいくのだ。無慈悲だ。作者はまるで悪ふざけを楽しんでいるかのようなフシがある。

 

 「アルファ・オメガ」とは作中に登場する新興宗教団体の名であるが、これは新約聖書ヨハネの黙示録」に登場する主の言葉「私はアルファであり、オメガである」に由来している。ギリシャ文字におけるアルファ(最初)からオメガ(最後)、つまり「全て」を意味している。

 

 とても完成度の高いSFスプラッタホラー小説だが、惜しむらくは後半、ストーリーの勢いが急に失速してしまう点。あれ、あのハチャメチャ感はどうなったんだよ、と。前半では嬉々として世界を構築していた作者だが、破滅させる段階になると興味を失ってしまったのだろうか。まあなんだかこれで良かったのかどうかよくわからないモヤモヤを残すラストは悪くないけど。

 終盤で宇宙生命体「ガ」の本来の名前が明らかになるが、小林泰三ファンは脱力するかも。

 

 2001年に角川書店から刊行された時はサブタイトルが無く、カッコいい表紙にタイトルだけが大きく書かれていた。しかし2004年に文庫化された時にはわかりやすくするためか「超空想科学奇譚」という副題がつけられ、表紙カバーはおどろおどろしいイラストになっていた。まあ販売戦略上しょうがないんだろうが、単行本の時の雰囲気が個人的には好きだった。

 早川書房の『SFが読みたい! 2002年版』では、「ベストSF2001」第2位に選ばれている。その座談会上で小林は「最初は『虚空の救世主』っていうタイトルだったんですけど、それはちょっと売れ線のタイトルではないでしょって言われて」と語っており、北野勇作に「いやあ『ΑΩ』だって売れ線のタイトルじゃないでしょ。タイトルの読み方もわからないし」と突っ込まれているのが微笑ましい。ちなみに司会の冬樹蛉は単行本の表紙について「宗教書みたいで格好良かったですよ」と言っている。

 

 SFでありスプラッタホラーであり、そしてヒーローの物語である。