[読書]僕らは星のかけら 原子をつくった魔法の炉を探して
僕らは星のかけら 原子をつくった魔法の炉を探して (ソフトバンク文庫)
- 作者: マーカス・チャウン,糸川洋
- 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
- 発売日: 2005/09/23
- メディア: 文庫
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スピッツが1992年に出した『惑星(ほし)のかけら』というアルバムがある。シングルにもなったタイトル曲は浮遊感漂うあるサビが印象的だった。アルバム全体を通して星とか、骨とか、闇とか、ガスとか、日なたとか、スピッツの世界観が濃密に反映されていて、思考錯誤の時期だったようだが個人的にはこの頃のスピッツの雰囲気が好きだ。
かように、星や天体というものは昔から人類の心を強くとらえ、数多くの詩を生み出してきた。なぜ人はこうも星に心惹かれるのか。
その答えを本書で垣間見た気がした。
本書は英国で出版され好評を博した科学史の解説書。人類が原子の謎を発見し、解明するまでを描いており、紀元前古代ギリシャ、デモクリトスの原子論から始まり現代まで、約2000年におよぶ人類の知の活動を簡潔にまとめている。次々と科学者たちが登場し、どのように原子の謎を解き明かしていったのか、科学者列伝とも言うべき手法で描く。ロマンチックなタイトルから想像されるよりも実はかなりハードな内容である。
僕自身、原子については学生時代に理科の授業で習った位の知識しかなくそんなに詳しくは知らなかったのだが、実はそこには多くの魅力的な謎が潜んでいて、その謎を探る旅はスリリングで知的探究心を刺激する。未だに解っていない事もある。しかし科学者たちは飽くなき努力と好奇心で手がかりを見つけていく。呆れるほどの情熱で、少しでも謎解明しようとする科学スピリットに胸を打たれ、そして彼らは興味深い結論を得る。
そう、それは人類がまさに星のかけらそのものなのだ、という事実。
ビッグバンと恒星内部で形成された元素はさらに新たな世代の恒星を経て新しい元素を形成していく。そうやって我々人間を構成している原子は出来上がっていった。
つまり比喩でも何でもなく、本当に僕らは星のかけらなのだ。
きっと太陽が死ぬ時には僕らが生きた痕跡も一緒に宇宙の塵となる。そして新たな生命の材料となるのかも知れない。もちろんこの本にはそんな事書かれてないが、そこには何だか輪廻の思想も感じられる気がする。
ゴーギャンの代表作に『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』という絵画があるが、題名となっているこの問いは人類の永遠の問いと言える。そしてその問いに科学の視点で立ち向かったのが本書と言えるかも知れない。
科学的観測と実験の積み重ねの上で、「僕らは星のかけら」であるという詩的な結論が導かれているのが面白い。人類が星に惹かれるのは当然だったのだ。
そして本書で紹介されるたくさんの科学者たちの生き様も興味深い。著者は彼らを非常に人間味あふれるタッチで描写し、時にはユーモアも交えて語っているので、かなり専門的で難解な事を描いているにもかかわらず、途中で投げだす気にはならなかった。
もちろん難しい事柄を素人にもわかり易いように工夫した著者の力量も見逃せない。宇宙物理学を扱い、やはりそれなりに知識や理解力が求められるジャンルの本なので、話についていくためにちょっとは頑張らなくてはいけないが、かなり平易に説明するよう努力がなされているし、そうやって科学を読み解くことの楽しさをこの本は教えてくれるだろう。根っから文系の僕が夢中になったのだ。理系の頭脳の人にとっては非常に易しい読み物かも知れない。
「物を分割していくと最後はどうなるのか?」という超身近な疑問が最後には人類と宇宙の謎をめぐる物語に発展していく。極小の世界が極大の世界へとつながる不思議。科学の入門書としては最適の本だと思う。
日本語文庫版に寄せられた著者のことばの中で紹介されている、著者の父親とのエピソードは心に残る。
冬。空気が澄んで大気が安定し星空が一年でもっとも賑やかな季節である。オリオン座の三つ星、おおいぬ座のシリウス、ふたご座のカストルとポルックス、そして冬の大三角。美しい星や星座が夜空を彩っている。そういえばものを加熱する実験炉を形作る「ろ座」も冬の星座だ。本書で多くの研究者たちが探し求めた、原子をつくった魔法の炉、それはまさに夜空の星の中にあった。
星座は人類の長い歴史の中で作り出されてきた星空の物語だ。きっと僕は星座を見上げるたびに、人類と宇宙の謎をめぐる魅力的な科学の旅を思い出す。
原題は“The Magic Furnace”。2000年に無名舎という所から翻訳、刊行された単行本の文庫化。