ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]「希望」という名の船にのって

 

「希望」という名の船にのって

「希望」という名の船にのって

 

 

 人類の新たなフロンティアを求めて15年ものあいだ旅を続ける宇宙船。そこで生まれ育った12歳の少年ヒロシはある日船内の冒険に乗り出し、旅に関わるある重大な秘密を目にしてしまうのだった。

 

 森下一仁久々の小説作品はジュブナイルSF。 

 ’80年代に『コスモス・ホテル』や『ふるさとは水の星』、『天国の切符』等の珠玉のSF作品を発表し(こういう忘れ去られるにはもったいない本をどこか復刊してくれないだろうか)活躍した森下氏は、叙情的で優しい作風が特徴だ。その後、後進作家の発掘や育成に尽力し、現在活躍する作家が世に出る一助になったりしている。

 それ以後評論活動等で長く創作から遠ざかっていた森下氏が、2010年、ジュブナイルとはいえ久しぶりに小説を出したのは本当に嬉しかった。本を出す事自体が8年ぶりだったし、小説作品は15年ぶりくらいだったのでは。しかも前回の小説作品はノベライズだったと思うので(藤子・F・不二雄原作『ひとりぼっちの宇宙戦争』、映画の関連作『ヤング・インディ・ジョーンズ/初恋のウィーン』)オリジナル作は本当に久しぶり。ファンは待たされた分喜びも大きかったと思う。

 といっても実はこの本、『コスモス・ホテル』収録の短編「スターシップ・ドリーミン」の長編化なんだけど。

 

 そんな訳で久々の森下SFはストレートなジュブナイル作品。子供たちが世界の在り方を認識し、物理的にも精神的にも新たな世界へ一歩踏み出す様が描かれる、SFの原点にたち返ったような瑞々しい物語だ。

 

 未来、地球には謎の病原菌が蔓延し人類が住めない世界となった。日本人の12家族41名を乗せ地球を脱出した宇宙船「希望」号は、人類の住める新たな惑星を求めて航行している。船内で生まれた子供も多く、彼らは完成された自給システムの中ですくすくと成長していたが、大人は子供たちに何かを隠しているようだった。
 そんな日常に何の疑問も抱いていなかったヒロシは、しかしある科学者の言葉をきっかけに世界の真実の姿を知ることになる。
 果たして宇宙船はどこへ向かっているのか、目的地へ到着するのはいつなのか。1人の少年の冒険が宇宙船内の社会を動かし、やがて「希望」号を危機が襲うのだった。

 

 実は例の「重大な秘密」は物語の序盤であっさりと明らかになってしまう。恐らく作者が描こうとしているのは、秘密を巡る謎解きではなく、生まれた時から閉塞した環境で生きてきた少年が、世界観が変容してしまうような事実を知ってしまった時、その衝撃が少年の何を変えてしまうかである。世界がひっくり返る驚きは、彼を新たなステージへ連れていく。

 森下氏はきっと子供たちの可能性を無条件に信じている。宇宙船の名前が表しているように、子供たちの未来には希望がきっとあると、信じているのだ。

 旅の目的を、ひいては恐らく自らの人生観さえも変えてしまうような衝撃的な事実を知った後も、子供たちはたくましい。あっという間に現実を吸収して、大人たちを出し抜こうと協力していく。この部分の子供たちの活躍は目をみはるものがある。結局、こういう事態に直面したら大人の方が弱いものなのかも知れない。

<じゃあ、ぼくたちの乗っている船は『希望』じゃなくて、『絶望』なんだ>(p95) 

 なんて皮肉の利いたセリフを口にしつつも、子供たちはたくましく成長を遂げていく。
 主人公のヒロシが幼なじみのヨーコに抱く淡い恋心も微笑ましい。もちろんジュブナイルだから二人は手をつなぐ程度の関係にしかならないけれど、終盤近く、二人が身を寄せ合いながら不安に耐える静かなシーンは大人の小説では描けない優しさと美しさに満ちている。

 

 僕は昔から森下作品のファンで、久方振りに触れた小説世界は昔とちっとも変ってなくて安心したんだけど、今回はジュブナイルという事もあり正直大人の目から見ると「甘い」展開も多いと思う。いや、設定や投入されたアイデア等大人の読書にも十分耐えられるレベルの作品ではあるのだけど、登場する人物は良い人ばかりだし、性善説を根拠にしたようなストーリーは現代的ではないと思う人も多いのでは。

 でも僕はこの物語に「希望」を見出す。それを鼻で笑うのは簡単だが、人間の、子供たちの可能性に賭けようとする作者の姿勢に胸を打たれる。

 世界中がキナ臭いニュースに溢れ、21世紀とは思えない蛮行が堂々と繰り返されている現代に、「希望」を語る事なんて意味があるのだろうか。僕が子供の頃に雑誌やマンガで見た未来はもっと希望に満ちていた。しかし与えられるのを待つだけではそんな未来はやってこない事を僕らは身をもって知っている。僕らの次の世代に希望の未来を残す事は大人の義務だが、子供たちに世界と立ち向かう勇気を伝えるのも大人の義務だろう。

 

 良質のジュブナイルはそれを読んだ子供たちの心に残り、その子供たちの心に何らかの変化をもたらすに違いない。きっとこの本はこれからも日本中の多くの子供たちを虜にしていくのだろう。

 森下氏らしい勇気の湧いてくるSF小説だ。きたむらさとし氏によるイラストも物語の雰囲気にマッチしている。小学校高学年以上なら普通に読めると思う。

 作者のブログによれば 2013年に韓国で、今年には台湾で翻訳刊行されたそうだ。