ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]ハイドゥナン

 

ハイドゥナン〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

ハイドゥナン〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

 

  

 「どなん」とは沖縄県のさらに南西にある、日本最西端の島・与那国島を指す言葉だ。台湾まで100kmあまり、地理的には日本本土より遥かに外国の方が近い。その言葉は「渡難」を意味し、日本の端にある沖縄県のさらに果て、たどり着くのも困難な場所である事を示唆している。
 与那国島出身の歌手・西泊茂昌が1995年に発表した「風のどなん」という曲は、歌詞のほとんどが与那国の方言で書かれており、僕ら沖縄本島の人間でも一度聞いただけでは意味を読みとるのが難しい。地域ごとにまったく違う言葉を持つ沖縄方言の中でも、地理的に距離のある与那国島の言葉はまた独特だ。言葉が理解できなくてもそのダイナミックな歌声は胸を打つと思うが、だからこそ恐らく、そこだけ標準語で書かれているサビの部分には、歌い手が特に強く伝えたい想いが込められているのかも知れない。
 最果ての小さな島。国境の島。そんな環境であるから、与那国島の人々は様々な苦難の歴史を経てきた。だからこそ彼らは自分たちの島よりさらに南に楽土「ハイドゥナン(南与那国島)」の存在を信じたのだろう。

 

 ところで、沖縄を舞台にしたSF小説は少ない。最近は沖縄出身の作家・池上永一が、『テンペスト』をはじめマジックリアリズムを駆使して沖縄を舞台とした多くの小説を発表しているが、それを除くと本当に少ないと思う。他の都道府県がどんな感じかちゃんと調べた訳じゃないんだけど、これだけ日本本土とは異質な文化を有している土地がSF作家の興味の対象にならなかったのは少し不思議ではある。ネタになりそうなものはいろいろある気がするんだけど。

 

 そんな訳でこの本は珍しく沖縄を舞台としたSF小説である。作者は『クリスタルサイレンス』で鮮烈にデビュー、『鯨の王』『深海大戦』などの海洋SFも手掛けている実力派。もちろん沖縄出身ではありません。

 

 西暦2032年、南西諸島の海底では不気味な地殻変動が起きていた。領海における資源確保のため動き出す日本政府。一方、与那国島では神の声を聴く若いユタ(巫女)がその力に目覚めつつあった。共感覚を持つ青年は彼女にある事を依頼される。

 「琉球を救え」。そして不思議なメッセージは、植物学者や地質学者ら多くの学者たちを沖縄に呼び寄せていく。作中には作者の科学的知識が存分に投入されており、「圏間基層情報雲理論」(ISEIC理論)なる大胆なハッタリで土着的信仰と最先端の科学が融合されていくのも見どころ。

 与那国島の南にあるという、悲しみと苦しみから解放される伝説の楽園「ハイドゥナン」。この小説は伝説を基に沖縄の危機が描かれる本格SF。『日本沈没』ならぬ『沖縄沈没』である。

 沖縄を未曾有の災害が襲っているのに国際社会への配慮を優先して見殺しにする政府の対応なんか皮肉たっぷりに描かれている。テクノロジー面についても2032年ごろならこれ位は実現しているだろうな、という絶妙のバランス。

 ただ、これだけ分厚いのに、それでも書き込み不足に感じるのは大風呂敷を広げすぎたせいか。いくつものストーリーが同時に進行しそれぞれじっくり書き込まれてはいるのだが。終盤は大きなスケールに話が飛躍するのに、いまいち壮大さが感じられないのもそのせいかも知れない。

 

 とはいえ、これだけアイディアを投入し読み応えのあるエンターテイメントとして仕上げているのだから一読の価値ありである。

 ちなみにこの小説、作者の『蛍女』(ハヤカワ文庫JA)という作品の30年後の世界という事になっている。でも毛色はだいぶ違うので一緒に読んで比較してみると面白いかも。

 

 この本は2005年に早川書房の<ハヤカワSFシリーズ Jコレクション>として上下巻で刊行された後、2008年にハヤカワ文庫JAで4分冊で刊行された。文庫版もコンパクトでいいのだけど、単行本版はカバー絵に画家・田中一村が使われており、南方のむっとするような湿度や自然に刻み込まれた地球の歴史が伝わってくるようで雰囲気がある。

 

 明るく陽気な観光地だけが沖縄の全てではない。本書のような小説を読んで、そこに積み重ねられた時間や文化に思いを馳せてみるのもいいかも知れない。

 海底遺跡も登場。圧巻の超大作。