ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]星雲組曲

 

星雲組曲 (新しい台湾の文学)

星雲組曲 (新しい台湾の文学)

 

 

 台湾の作家、張系国(チャン・シークオ、Chang Shi Kuo)のSF作品集。息詰まる熱気に満ちた都市・台湾の空気を濃密に感じさせながらも、ノスタルジックで独特な雰囲気をまとった奇想の作品集。

 僕自身は、不勉強でこれまでアジアの文学というものにあまり触れた事が無かった。欧米の文学は山ほど翻訳されているが、そもそもアジア文学の邦訳自体の絶対数が少ないというのも要因だと思う。
 そんな中で、本書は国書刊行会の叢書「新しい台湾の文学」の一冊として配本された。なかなか紹介されることのない台湾の作家をわが国に紹介しようというこの叢書自体が、とても意義ある取り組みだと思う。とりあえず僕のように、SFというジャンルを追いかけているうちにこの台湾の作家にたどり着いた者もいるのだから。

 

 欧米文学と違い、やはりどこか独自の空気を持っている。台湾史に僕は詳しくないので何とも言えないのだが、恐らくこの土地の持つ歴史的な経緯などもその筆致を形成する上で影響しているのだろう。

 僕個人は、何と表現すればいいのか……言いようのない「感傷」のようなものを作品を通じて感じた。帯にも<ノンセンスな奇想と風刺と感傷が渾然一体となった>とコピーが記されている。何に対する感傷か、誰の感傷なのか、全然わからないんだけど、そんな感情が胸に湧いた。
 もしかしたらその気持は、本書に収録されたある作品の中でロボットがつぶやく、<人間は情に苦しむか欲に操られるかのどちらかだし、生老病死の悲劇から逃れることはできない>なんて台詞にも感じ取れるかも知れない。そしてこの思想はなんだかとても東洋的な気がする。 

 読んでいてもう一つ強く感じた特徴は、前述の帯の紹介文にもある通り「皮肉」である。きっとこの作者の特徴なのだろうが、人間や国家に対するアイロニカルな視線は冷徹である。SF作品集なので未来を舞台にした作品も多数収録されているのだが、遠未来から振り返った人類の歴史の愚かさなど、非情なまでのタッチで描かれている。この視点もアジア独特のもののように思える。
 ちなみにある作品には「中華連邦」が登場する。2000年の政変で中国人民は一党独裁を放棄し、「民有・民治・民亨」の理想が実現した中華連邦が成立した、という。原書が刊行されたのは1980年のことだそうだが、台湾の文学者がこのように未来を描いているというのはとても興味深い。

 

 台湾のSFというと何となく偏見で、伝奇ものとかキワモノっぽいものを想像しちゃってたのだが、予想外に論理的でひねりの効いた、欧米のSFに引けをとらない作品群だった。ある時は未来を舞台に、ある時は宇宙を舞台に、またある時はロボットを主人公に、様々な物語が紡がれていく。また作品同士繋がっているものも何編かある。ちなみに作者の序文によると、手塚治虫などの影響も受けているそうだ。

 こんなにも近い台湾の文学をこれまでほとんど見逃していた事に気づき愕然とした。もっともっと面白い作品があるのではないだろうか。もっと台湾やアジアの文学を読んでみたいと思った。

 

 この本は、台湾で刊行された『星雲組曲』(1980年)と『夜曲』(1985年、本書では『星塵組曲』と改題)の2冊のSF短編集をカップリングしており、合わせて18編が収録されている。収録作は下記の通り。括弧内は原題。 

【星雲組曲】編 
「帰還」(帰)、「子どもの将来」(望子成龍)、「理不尽な話」(豈有此理)、「夢の切断者」(翦夢奇縁)、「銅像都市」(銅像城)、「青春の泉」(青春泉)、「翻訳の傑作」(翻訳絶唱)、「傾城の恋」(傾城之恋)、「人形の家」(玩偶之家)、「帰還」(帰)

【星塵組曲(夜曲)】 編
「夜曲」(夜曲)、「シャングリラ」(香格里拉)、「スター・ウォーズ勃発前夜」(星際大戦爆発以前)、「陽羨書生」(陽羨書生)、「虹色の妹」(虹彩妹妹)、「最初の公務」(第一件差事)、「落とし穴」(陥阱)、「緑の猫」(緑猫)。

 

 国書刊行会というマニアックな出版社から刊行されているものだから、ちょっと大きな書店を探さないと見当たらないかもしれない。でもちょっと難儀をしても読む価値のある本だと思う。本格的に台湾のSF小説を紹介した邦訳はこれまであまり見たことがない。訳文も読みやすいので、アジア文学か……と敬遠してしまいがちな人にもおススメできると思う。