[読書]向日葵の咲かない夏
ミステリー界で最も注目を集める若手作家の一人、道尾秀介の長編第2作。第6回本格ミステリ大賞にノミネートされた。
一学期最後の日。小学四年生のミチオは、担任の岩村先生に頼まれて欠席した同級生のS君の家に宿題を届けに行く。しかしそこで彼が目にしたのはS君の首吊り死体だった。動転して学校に戻り先生に連絡したミチオだったが、先生たちがS君の家に到着した時、そこにS君の死体は無くなっていた。
うやむやのまま行方不明とされるS君。しかしミチオの前にS君があるものに姿を変えて現れ、語りかける。「僕は殺されたんだ」
ミチオの不思議な夏休みが始まった。
死んだ同級生のために死の真相を探り始めるひと夏の物語。何しろ本人が証言してくれるのだからこれほど心強いことはない。しかしS君は犯人ははっきり憶えているものの、死んだ前後の状況はよくわからない。だから死体が消えた理由もわからない。ミチオたちは手探りで犯人の周囲を調べ始めるのだが。
S君が形を変えた姿は別に読む前に明かしてもネタバレにはならないと思うのだが、文庫版の背表紙あらすじでは伏せられているのでここでも伏せておく。
そのあるものに姿を変えたS君とミチオ、そしてミチオの妹ミカを中心に描かれる忘れられない夏のミステリー。
これだけ見るとちょっと変わった少年たちの冒険譚という感じだし、表紙もなかなか印象的なので、事前知識のない読者は爽やかな物語を想像するかも知れない。しかしそんな予想はあっさりと裏切られる。
そしてこの作風は刊行当時大きな反響を呼び、賛否両論を巻き起こした。
この小説が大きな論議を呼んだ第1の理由は、その陰鬱さにある。あらすじから想像するような爽やかさは微塵もなく、読者はきっと沈鬱な読後感を味わうことになる。登場人物たちの特殊な家庭環境。ねじれた性格設定。陰惨な殺人事件。救いのない物語。思わず目を背けたくなるような辛い事実が次々と明らかになるストーリーは、人によっては何だこれは!と床に本を叩きつけたくなるような暗さである。
これはタイトルや表紙やあらすじ紹介が、そういう暗い空気を纏っているようには見えないことからくる誤解でもある気がする。僕は人が首を吊るシーンがある小説はいくつも読んだ事があるが、その死体が垂れ流している汚物まで描写している小説はあまり読んだことがない。
個人的には明るく爽やかな物語ばっかり読んでいるより、人間の闇の部分と向き合うような暗く哀しく辛い物語も人は読むべきだと考えているが、まあ今回は不意打ちみたいになってしまったのがマズかったのかも知れない。
そしてまた読者が戸惑うのは、この物語全体を覆う違和感であろう。何がどうおかしいのかと具体的に表現できないのだけど、読み進めるうちに何となく拭いされない違和感を感じると思う。
そしてそれが大きな論議を呼んだ第2の理由である、この小説のトリックに大きく関わっている。
この小説にはある大きな仕掛けが施されている。あまり詳しく書くとそれこそネタバレになってしまうので詳細は書かないが、事件の意外な真相とは別に読者を騙すトリックが仕掛けられている。
それが事件の真相と共に明らかになる終盤、読者はあまりにも意外な展開に呆気にとられてしまう。それがまた暗い物語の核の部分と深く関わっているものだから読者は嫌がおうにも正面から向き合わされることになる。
延々と暗い物語に付き合わされた挙句に強烈なパンチを食らうものだから面食らった読者は多かったようだ。ネット上でこの本を読んだ人のレビューなどを見てみると、参りました完全にやられました!という人と、何だこの下らない小説は人をバカにしてやがる!と怒りだす人にわかれるようだ。
僕はこういう読者の裏をかくような仕掛けは大好きで騙される快感も嫌いではないし、暗い物語も暗い物語だからという理由だけで嫌いにはならない。だからこの小説もけっこう楽しめたのだが、人によって様々な感想が噴出したようだ。
そもそも生まれ変わり、という超常的な現象を中心に据えておいてミステリーを名乗れるのか、というか作者はミステリーのつもりで書いているのだろうか、というずいぶん深いところでの議論も沸騰したらしい。僕はミステリーはあまり詳しくないのでそこらへんはよくわからないが、これだけの反響を巻き起こしたのだから良かれ悪しかれ小説として良くできていたということだろう。
ともあれ作者の筆致が持つ力はなかなかのものでグイグイ読ませる。人間の狂気と残酷に胸を押しつぶされるような夏の物語だ。
- 2005年に新潮社から単行本刊行。2008年に新潮文庫から文庫化。