[読書]異人類白書
奥多摩文化大学の人類学部に研究室を構える柴門博士は、我々とは異なる人類、異人類の研究に没頭する毎日。「これはもしかすると出たのかもしれん」わずかな手がかりをもとに異人類を追い求める博士。彼らはいつも日常生活の意外なところに潜んでいるのだった。果たして博士の研究が認められる日はくるのだろうか。
本書には「穴居人」「盲点人」「無人島人」「物陰人」「混線人」「痕跡人」「風下人」の7つの異人類のエピソードを収録。
奥多摩文化大学なる大学で怪しげな研究に精を出す柴門博士は、一歩間違えば危ない人なんだけど、いつも異人類に振り回されてはお人好しなところがあってあと一息のところで成果を挙げることができない、なんとも愛すべきキャラクターである。だが単にヘンなだけでなく、人類学や歴史について豊富な知識を蓄えた博覧強記な人物であるところがポイント。そんな知識を駆使して謎の異人類を探し求めるのだ。
そんな博士の助手であるショートカットの小柄な女性・吉元さんも、日がな1日美味しいものをブラックホールのように食べ続ける、これまたキャラの強い人物。東西の美味しいお店(実在なのだろうか)を常にチェックし、研究出張では必ず土地の名産を口に入れていて、読んでるこちらまでお腹がすいてくる。ここらへんはグルメ小説としても読みどころ。でも食べているだけじゃなくてちゃんと博士のフォローをしてそれなりにキチンと仕事をこなしているってとこがポイントだ。
そんな個性的なコンビ―本書帯によれば「とぼけた博士とお茶目な助手」―が巻き起こす騒動はどことなくゆるい感じ。時に脱力のギャグも交えつつ、大学近くで食堂オタベを経営する研究室のOB・小田部くんも準レギュラーとして活躍。様々な異人類探索に関わっていく。
いつの間にかなくなった物、どこかから感じる視線、混線する電話、ペンキ塗りたての壁についた手型……。ありふれた日常に異人類は潜んでいる。らしい。ホンマかいなと半信半疑の読者の前に、異人類はひょいと姿を現す。
ええーとプチ驚く読者をよそに、博士は異人類との接触を試みるのだが、彼らはこれまでの経緯を語り、博士の前から立ち去っていく。そして博士はこれじゃ学会に発表はできないなあと苦笑する、というのがほぼ毎回のパターン。
宇宙人でも怪物でもなく異人類というカテゴリーを創造しちゃうところが浅暮三文らしい。ユーモラスな物語の中に、異人類の歴史を通してさり気なく哀愁や郷愁といったものを織り込んでしまうので、読んでいる方は不意打ちでちょっと切ない気持にさせられたりしてしまうのだ。
浅暮三文の小説ってこんな感じで、何というか、ひと言で感想を言い表しにくい作品が多い。「恐かった」とか「笑えた」とか言い切りにくくて、でもアバンギャルドとかクレージーってほど派手にぶっ飛んでいる訳ではなくて……。そして読み終えた後に言葉では言えない感情を読者の心の中に残すのだ。
もう月並なんだけど「独特な作風」としか表現できなくて、この「紹介のし辛さ」が浅暮三文がなかなか大ブレイクしない原因なのではないかと思う。面白いのに。つまり読み手の方もこの感覚を心の中のどの部分で受け止めているのかよくわからないのだ。
だからその作品を読む時はあまり理屈で考えずに思った通りを素直に受け止めればいいのだと思う。
そんな訳で、本の帯には「浅暮三文の新境地」のキャッチコピーが書かれているが、個人的にはむしろとても浅暮三文らしい小説だなあと感じたのだ。
ポプラ社の無料小説誌「asta*」に連載されたものに加筆訂正したものだそうだが、収録順が連載順と同じかどうかはよくわからない。
ただ、何となくではあるが「混線人」のエピソードは他のエピソードよりもちょっとだけどスケールもでかいし、何というかこう「グッとくる」ものがあって、これを最終回に持ってきた方が全体が引き締まったのではないかなあという気はちょっとした。
文庫化はされてないっぽいが、なんか勿体ないと思う。ポプラ文庫で是非。
日々の些細な出来事から異人類の存在を感じ取り、そこから異人類の意外な生態を明らかにしていく柴門博士たち。作者の想像力が自由に拡がっていく。やろうと思えばまだまだいろんなエピソードが書けそうな感じだ。のんびりだらだらと続くシリーズ物とかになったら面白いな。
ちなみに本書中に那覇文化大学の津波教授なる人物が名前だけ登場するが、もちろんそんな大学実在しません。