ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]星を継ぐもの

 

星を継ぐもの (創元SF文庫)

星を継ぐもの (創元SF文庫)

 

  

 深紅の宇宙服をまとった男の遺体が月面で発見された。その男はどこの月面基地にも所属しておらず、それどころか調査の結果、この遺体は5万年前のものであることが判明した……。

 

 SF史上に残る魅力的な導入部だ。ありえない謎が読者の興味をがっしりと掴み、ページをめくる手を休ませない。個人的には小松左京『果しなき流れの果に』(ハルキ文庫)の冒頭(人類が誕生するはるか以前。恐竜がやかましく鳴り響く金色の電話機を発見する)と双璧をなす「つかみ」だと思う。
 そしてこの作品の凄さは、最初の謎をきっかけにしてさらに壮大な物語へと発展してくところ。次から次へと提示される新たな謎は人類の歴史を塗り替えるほどの事実を孕んでおり、読者の知的好奇心をいたく刺激する。
 『星を継ぐもの』はジェイムズ・P・ホーガンが1977年に刊行したデビュー作にして代表作のひとつ、“Inherit the Stars”の邦訳版。ハードSFの名作である。

 

 月面で見つかった奇妙な遺体は「チャーリー」と名付けられ、世界中の学者が動員され彼の謎に迫っていく。科学と知識を武器に「チャーリー」に挑む人類だが、あまりに巨大な謎の前に苦戦を強いられる。物理学、天文学、生物学、言語学などあらゆるジャンルの専門家が詳細なデータをもとに喧々諤々の討論を繰り広げるさまは圧巻。
 ニュートリノ・ビームを利用しどんな物体の内部も走査(スキャニング)できる装置トライマグニスコープの開発者で、原子物理学者ヴィクター・ハントもこのプロジェクトに招聘された1人。類まれな分析力と柔軟な発想で議論に突破口を見出していくハントは、やがてプロジェクトの中心人物となっていく。 

 この小説の特徴は、人類が叡智を結集して壮大な謎に学術的な解を発見していくSF的面白さと、一見奇妙で不可能な謎に合理的な答えが見出されていくミステリー的な面白さが融合している点だろう。
 特にラストで全ての謎が解けるシーンでは「そういう事だったのか!」とSFファンとミステリーファンの両方を驚愕させる大がかりなトリックを披露し、読者に見事なカタルシスを味あわせてくれた。ハードSFとしてだけでなく、SFミステリーとしても完成度が高く、刊行当時、老舗ミステリー雑誌「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)」にレビューが載ったほどだとか。
 
 そしてもう1つの見所は多くの人間が探究心と好奇心をもって事実を分析し、大いなる壁に挑戦していくところ。そこには予断や私情を冷徹に排除しつつ未知へと挑んでいく人類の姿がある。どんなに非科学的な事象でも人間に解けない謎はないのだ、という著者の姿勢には人類の素晴らしさと強さを感じ、感動すら覚えるだろう。
 例えばハントと対立する意見を主張する生物学者のクリスチャン・ダンチェッカー。なんともカタブツで鼻持ちならないこの人物も、謎を解くためには反対意見にもキチンと耳を貸し、自分に不利になるデータでもちゃんと報告をする。対立する人間を陥れるような事はしない。協力し合う事が人類にとって大切であることを知っているからだ。

 そこには科学の力を持って協力し未知に挑む人々の姿がある。この描写を読んだ後に、テロリズムが報復の連鎖を生み、憎しみが憎しみで上塗りされる現代社会を振り返ると溜息が出るではないか。

 

 また、この小説は物事を様々な角度から見つめ直し、固定観念を打ち砕く爽快さも教えてくれる。謎を解く材料となる事実は既に目の前に提示されている。しかしそれを先入観で凝り固まった視点で見ているから議論は停滞する。そこに専門外のデータをも詳細に分析する視点をハント博士が持ち込み、現状を打開していくのだ。
 私たちが物事に対峙する時、自分の立ち位置から自分の視点でしか見ようとしないのが常だ。しかし狭窄な視点では大切な事実を見逃す。受け入れがたい事実でも受け入れ、様々な角度から物事を分析すること。大切だけどなかなかできない事だし、難しい事だ。

 

 科学的に冷静な姿勢で謎に立ち向かうこと。派手な出来事に目を眩まされずに、全体像をしっかり把握すること。それはSF小説の中だけでなく人生にとっても非常に大切な事だ。
 SFオールタイム・ベスト級の傑作だが、頻出する科学用語にうんざりして投げ出す人も多いらしい。とても勿体ない。そこを乗り越えて進んでいけば、巧みなストーリーにきっと夢中になれるはず。

 

 第12回星雲賞海外長編賞受賞。後に『ガニメデの優しい巨人』(The Gentle Giants of Ganymede)、『巨人たちの星』(Giant’s Star)、『内なる宇宙』(Entoverse)、“Mission to Minerva”(未訳)の4作の続編が刊行されたが、ファンからは最初の3作が三部作としての完成度が高いと人気がある。
 2011年には星野之宣によって三部作が漫画化されており、新たなエピソードやキャラクターを加え独自の展開を見せている。
 ちなみに1990年に公開されたビートたけし主演の映画『ほしをつぐもの』は、もちろんまったく関係ない。