[読書]神様のパズル
第3回小松左京賞受賞作にして、機本伸司のデビュー作である。
小松左京賞は2000年から2009年まで続いた公募SF賞で、日本SF界の大御所で今は亡き小松左京が1人で選考して受賞作を決めるというなんだか色んな意味でもの凄い賞だった。北野勇作の『かめくん』や伊藤計劃『虐殺器官』、円城塔の『Self-Reference ENGINE』など、落選作から評価の高い作品がいくつか生まれたというのも特徴である。
スケールの大きな作品で日本のSF界を築いてきた小松左京であるから、その名を冠した賞の受賞作品となると壮大で冒険心あふれる作品ばかりだ。
『神様のパズル』は大学のゼミで「宇宙を作る」というとんでもない課題に取り組むことになった学生たちの物語である。挑むのは留年寸前の落ちこぼれ男子学生・綿貫基一と、16歳にして飛び級で大学に入学した天才少女・穂瑞沙羅華。成り行きでタッグを組んで宇宙を作るという難問に挑むことになったが、なかなか相容れないコンビは果たして課題をクリアできるのか。
「宇宙は“無”から生まれた」と、彼は言った。「すると人間にも作れるんですか? 無ならそこら中にある―」
これはそんなある老人の些細な疑問から始まる物語。
宇宙を作る話というと、SFファンならすぐにエドモンド・ハミルトンの古典的名作「フェッセンデンの宇宙」を思い出すかもしれないが、こちらは現代物理学の知識が盛り込まれた今どきの宇宙の作り方。主人公の綿貫と穂瑞が(主に穂瑞なんだけど)次々と提示するその手法は、読んでいて感心することしきり。実は綿貫としては卒業がかかった重要な課題である。必死になるのも無理はない。
作者は理学部出身というだけあってそこらへんの科学的考証はしっかりしている。物理の知識が無いとちと辛い部分もあり、実はカラフルでラノベっぽい表紙からは想像できないほど本格的なSF小説である。
前途多難の中、主人公の凸凹コンビは本当に宇宙を作り上げる事ができるのか。その過程が物語の縦軸として知的興奮をふんだんに盛り込んで語られる。
そして横軸として語られるのが登場人物たちの賑やかな学生生活だ。大人のような子供のような中途半端な日々。ゼミの仲間たちとの交流や衝突、研究現場の人々の様々な生身の思い。
主人公の1人である綿貫は自分のダメさ加減に劣等感を持っているのだが、憧れの女性がいるという理由でゼミを選択してしまうなど実に人間味あふれているダメさ。またもう1人の主人公・穂瑞も頭はいいが精神的にどうも不安定で危なっかしい。
「宇宙創造」の部分は別として、現実的な結局彼らは報われたんだかどうなんだか微妙なんだけど、人生ってまあそういうもんだよな、と僕は思う。
作者は執筆時点で40代半ばのいい齢したオジサンだったはずだが、そこらへん、若者たちのキャンパスライフをリアルに描き出していて、特に理系の学生だった人はきっと感情移入してしまうのではないだろうか。だから前述の「卒業がかかっているので無茶な課題にも必死で取り組むしかない」状況とか、人間味が科学的ハードさと結びついているのが面白い。
また田んぼの老婆のエピソードなど、科学とは対照的なところにある人間の生活もしっかり描かれている。
まあ若干雑なところもあるものの、このように活き活きと人間が描写されているので、専門用語飛び交う科学的な部分もそんなには苦にならず読む事が出来ると思う。
ところでこの小説、マンガ版と実写映画版が存在する。映画版は2008年にエグゼクティブプロデューサー・角川春樹、監督・三池崇史というアクの強い陣容で公開された。主人公の2人は市原隼人と谷村美月が演じており、内容はかなり噛み砕かれたものになっている。市原演じる綿貫は双子という設定になっており、実は全然物理知識のないニセ学生というキャラにすることで観客にもわかりやすく理論を説明する役割をになっている。ラストなんかかなりぶっ飛んでいるが、逆にここまで突き抜けられると、割り切って楽しめると思う。
マンガ版は内田征宏の画により2008年から2012年にかけて全4巻で刊行されている。
宇宙を作ることは神様を語ること。神様を語ることは人間を語ること。人間ってなんて儚くて愛おしいのだろう。読後にそんな気分になる。「科学」と「人間」を描き「神」の領分にまで踏み込んだ、青春小説でありSF小説だ。面白いです。
あと実はこの小説、全体がある誰でも知っている有名な小説のパロディになっている(わかる人は登場人物の名前を見ただけですぐに気付くと思う)。それを考えながら読むとまた違った楽しみ方ができる。
2002年に角川春樹事務所から単行本刊行。2006年にハルキ文庫で文庫化。本格的なSF小説の割に本書はそこそこ売れたようで(表紙に騙された人も多いのではないか)、続編が3冊、ハルキ文庫から刊行されている。