ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]東京装置

 

東京装置 (幻冬舎文庫)

東京装置 (幻冬舎文庫)

 

 

 もうだいぶ前になるが、仕事の関係で3年間東京に住んでいた。山手線の田端駅のすぐ近くに住んでいた。やがて勤務を終えて僕は沖縄に戻ったが、その半年後、出張で再び東京へ飛ぶことになった。
 僕は業務の合間の短い時間を見つけて、田端の自分が住んでいた部屋を見に行った。もちろん中に入る事などできないから、アパートを近くから眺めただけだ。
 僕の住んでいた部屋には煌々と明かりが灯っていた。ああ、誰だかわからないけど、あの部屋には新しい住人がいるのだ。そう実感した時、僕は自分が本当の意味で東京の住人ではなくなった事を知った。

 

 1000万人以上の人口を抱えるこの国の首都・東京。この街にはいろいろなものがあって、様々な人が通り過ぎていく。写真家・小林紀晴はこの東京を装置のようなものだと言う。高度に、どこまでも無機質に、緻密に、そしてところどころで矛盾と故障を繰り返し、それでもなお増殖している生物のような機械装置。

 『東京装置』は小林氏のエッセイと東京に暮らす人々へのインタビューが収められた本だ。エッセイでは、小林氏がこれまで過ごした東京の部屋を軸に、そこで見聞きした事を回想形式で描いている。
 カメラマンという不安定な職業を持ちながら、東京をさ迷う小林氏はそこで自分の居場所を探し続ける。若い頃にアジアの都市を放浪した経験を持つ彼にとっても、東京という都市は不可解な場所に映っている。
 東京という街の特徴は、場所によって全く違った顔を見せることだろう。繁華街のネオン、オフィス街のよそよそしさ、住宅街の排他性。常に流行の最前線であることが義務付けられ、その装置の中で血液のように循環してく住人たち。
 本文には撮り下ろしの写真も多数おさめられており、都市の素顔を映し出している。

 

 「PORTRAIT」と名付けられた章では、東京に暮らす人々へのインタビューを通じて彼らのストーリーを描き出している。10組の人々が取り上げられているが、それぞれが実に様々な想いを胸に東京で暮らしている。
 「地方」という田舎を持たない者。東京にずっと住み続けたいと言う者。彼/彼女らにとってのこの都市が持つ意味は微妙に違う。小林氏は<場所は間違いなく人に影響する>と記しているが、恐らく皆それは実感があるのではないだろうか。暮らす場所がその人のスタイルや考え方に影響を及ぼす事は容易に想像がつくだろう。
 だからこそ、小林氏は東京に暮らす人々を追い続ける。彼らが何を考えどう生きるのか、それを見つめようとしている。

 

 東京という大きな箱(装置)、そして部屋という小さな箱。二重の箱に収まりながら暮らす人々を鍵にして、物語は紐解かれていく。地方都市では決して語られることのない物語が。

 僕は『東京装置』を読んでいる最中、何か違和感のようなものを感じていたのだが、途中でその正体に思い至った。それは小林氏が映す東京の写真(「装置写真」と彼は呼ぶ)に人物が一人も写っていないのだ。
 もちろんインタビュー部である「PORTRAIT」には(そう名付けるだけあって)取材相手の人物写真が挿入されているのだが、それ以外のエッセイ部におさめられた写真には人っ子1人写っていない。

 この違和感は強烈だ。人で溢れる街から人が消え去った世界。後半で小林氏自らこの写真の意味と撮影方法を明かしているが、そこには異様な寂寞を感じる。そして最後の最後、巻末近くにおさめられた写真でようやく「人」が奇妙な形で姿を表す。そこに至って初めて、読者自身の物語が動き出すような気さえする。我々の中にある物語が駆動を始めるのだ。

 

 僕がこの本を読んでいて最も驚いたのは、この本が執筆された時点において小林氏がまだ29歳だったという事だ。今の僕よりもずっと若い時に本書が著されているのである。こういう本を書くのは大体30代後半から40代くらいのオジサンだろうと勝手に決め付けていた。不覚である。もちろん物語を語るのに齢は関係ない。

 

 そして時を経て2011年10月。43歳の年に小林紀晴氏は六本木で写真展「ハッピーバースデイ 3.11~あの日、被災地で生まれた11人の子供たちと家族の物語~」を開催した。2011年3月11日に被災地で生まれた子供たちを捉えた写真の数々。我が国で最悪の災害の記憶を、子供たちの顏が上塗りしていく。子供たちは苦難の時代に降り立った本当の希望だった。そしてそれぞれが新たな物語を紡いでいくのだろう。

 著者は写真でこの国の、この時代の、この世界を記録し続けていく。そこには僕らの日々が刻み込まれているのだろう。
 この時代に生きる人々に何を残せるのか。その時代に生きる人々の何を残せるのか。カメラという道具で時代と空間を切り取っていく小林氏は、これからどこにファインダーを向けていくのだろう。

 

 1998年に幻冬舎から単行本刊行。2002年に幻冬舎文庫で文庫化。