ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]パララバ Parallel lovers

 

パララバ―Parallel lovers (電撃文庫)

パララバ―Parallel lovers (電撃文庫)

 

 

 高校2年生の綾は、一哉と電話で話す事が日課だった。電話を通して一哉に惹かれていく綾。部活の関係で接点を持っているが実は一哉は他校の生徒で、2人はまだ顔を合わせた事がない。
 しかし直接顔を合わせる前に彼は事故で死んでしまう。衝撃をうける綾のもとにかかってくる一本の電話。それは死んだはずの一哉からだった。その一哉は不思議な事を口にする。死んだのは綾の方で、しかも殺されたと言うのだ。

 

 謎めいた冒頭から始まるSF風ミステリー。電話を通じて連絡を取り情報を交換していくうちに、どうやら一哉も何者かに殺されたらしいという事、そして2人の住む世界がある時点を境に分岐してしまったらしい事が判明する。
 そう、これは「彼の殺された世界」と「私の殺された世界」という2つの並行世界を描いているのである。
 世界が分岐してしまった理由、分かれた世界にいる2人が連絡を取り合える理由などは主題ではなく、作者も突き詰めて書いてはいない。突き詰めていたらたぶんそれだけで本1冊分書けてしまうだろう。これは自分でも理解できない運命に巻き込まれ翻弄されながらも自分を(彼を)殺した犯人を探していく少女の物語だ。

 

 ほんのわずかな手がかりから犯人の正体を暴きだしていく様はミステリーとしても非常にスリリング。だがSF的にとても面白い点は、お互いの世界の相違点をすり合わせながら真相に迫っていくところ。「彼の世界」では殺されたのは私なわけで、「私の世界」で彼を殺した犯人を捜し出す事は同時に私を殺した犯人を捕らえる事でもある訳だ。この秀逸な設定を活かしながら作者は物語を展開させていく。
 主人公が高校生の女の子なので行動力に限界があり、こちらから見るととても簡単そうな事にグズグズしている様子は読んでいてイライラさせれるが、それが余計に緊張感を増している。
 結局一度も顔を合わせる事のできなかった一哉のために、無理に勇気を振り絞って調査していく綾。そう、2人は気づかないふりをしているのだが、分岐した世界で2人が会う事は絶望的に不可能である。電話でのみ声を聞く事ができるが、実際に会う事はできないという状況は、単に相手が死んでしまうより実は過酷な状況なのかも知れない。ハッピーエンドなんてあり得ないのだから。
 そんな世界で、諦めたくても諦められない、やりきれない想いを抱えながら犯人を追い詰めていく綾、そして一哉。
 少しずつ「ズレ」が大きくなっていく2つの世界をつなぎとめながら、物語は意外な真相へとたどりつく。

 

 いくらもがいても自分の力ではどうしようもない状況の中で、少しでも良かれと思う事に全力を尽くす主人公たち。それはもはや会えない相手のためにできる事。
 前述したとおりSF的シチュエーションの中で繰り広げられるミステリーだが、もがき続ける少女と少年を描いた恋愛小説でもある。

 設定の割に雰囲気が地味といえば地味なのだが、過剰に湿っぽくせず、適度に登場人物たちと距離感を置いた作者の姿勢には好感が持てた。

 作者(女性)はこの作品が小説デビュー作だが、ゲーム作品のシナリオ等で既に実績はあるようだ。電撃オンラインのインタビューによると、最初はタイトルを『パラレル・ラブストーリー』にしようとした矢先に東野圭吾の『パラレルワールド・ラブストーリー』が出てしまい、タイトル変更したのだとか。偶然て怖い。

 

 最近はスマホに夢中になって1人の世界に入り込んでしまい、コミュニケーションが希薄になる人がよく話題になる。携帯端末は便利だけど人を周囲の世界と隔絶させてしまう危険も持っている。

 そんな携帯電話という端末が、断絶した2つの世界を結ぶ唯一の手段だというのが面白い。地球の隅々まで解明されようとしている現代の世界で、どうしても会えない哀しさを描いたのが読み手の心に響いたのかも知れない。

 作者曰く第1回電撃小説大賞金賞受賞作家・高畑京一郎の『タイム・リープ』に影響されて書いたそうで、なるほど、緻密に設計された物語の構成力に目をみはる。
 作者は本作で高畑京一郎と同じく電撃小説大賞金賞(第15回)を受賞している。