[読書]完全なる首長竜の日
【映画化】完全なる首長竜の日 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
- 作者: 乾緑郎
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2012/01/13
- メディア: 文庫
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数日前、嫌な夢を見た。知り合いが僕の家に押し掛けて来た上にものすごく散らかして帰っていくという地味にストレスの溜まる夢だったのだが、目が覚めてからもしばらくは夢と現実がごっちゃになって、あれ?俺いつのまに片付けたっけ?と混乱していた。
この混乱した時間は夢と現実の間を彷徨っていたのだと思う。で、ふと思う。もしこの現実が片付けることから逃避した、散らかった部屋に暮らす僕の見ている夢だとしたら。あり得なくもない。
夢と現実の境目の曖昧さは昔から様々なフィクションで取り上げられてきたが、最も有名かつ古典的なのは荘子の「胡蝶の夢」だろう。私が蝶の夢を見ているのか、蝶が私の夢を見ているのか。このモチーフは『完全なる首長竜の日』でも非常に重要な意味を持って登場する。
中堅少女マンガ家の淳美には、自殺未遂で昏睡状態に陥った弟・浩市がいる。以前から「センシング」という医療技術で浩市の意識に入り込み対話を試みているが、毎回浩市の本音を聞き出すことはできず終わっていた。
なぜ浩市は自殺を図ったのか、対話はできるのに肝心な事が聞き出せないもどかしさ。やがてセンシングの作用が現実世界にも影響を及ぼし始め……。
第9回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。満場一致の受賞だったそうで、選考委員の大森望が解説を書いている。現実感覚の崩壊といえばアメリカのSF作家フィリップ・K・ディックが思い出されるが、作者が最も影響を受けたのはやはりディックの長編『ユービック』だという。まさにディック的悪夢世界だ。
センシングという技術が唯一SF的小道具として登場し「昏睡患者と対話できる」という離れ技を使っているものの、基本的には「なぜ浩市は自殺を図ったのか」という謎を核としたミステリー小説である。
正直、この手の小説を読み慣れている人なら途中でオチは読めると思う。また登場人物がいろいろやる割には話がなかなか進まないのでもどかしい気にもさせる。
ただ、読ませるのである。サリンジャーの短編小説からマグリットの名作絵画まで古今の様々な引用が駆使され、そこに首長竜という強力なイメージを配置することで力強くストーリーを牽引する。作者は新人ながらこの技量はなかなかのものだ。
主人公が過去に訪れた奄美のある島の思い出は何度も繰り返し登場し、そこに描写される潮だまりや赤い旗は少しずつ意味合いを変えていく。この繰り返しの手際が見事である。まあそれがモタモタ感の原因でもあるのだが。
しかも作者は巧妙に「何でもあり」の世界を作り上げていくものだから、後から深読みしようと思えばいくらでもできるというテクニックも忍び込ませ(既にこういう小説を何度も読んでいる人は憮然とするかも)、「ハッタリをもっともらしく見せる」という技も駆使している。
『このミス』大賞受賞のベストセラー!とか大々的に宣伝されているのでハードルが上がっちゃってるのがちょっと可哀想だが、大傑作とかじゃなくて普通のレベルのミステリーを期待する分には十分面白いと思う。
作者は賞への応募時は鍼灸師兼劇作家だったそうで、劇作家協会新人戯曲賞の最終候補になったこともあるそうだ。本書の原型になった戯曲『LUXOR』を劇団SPIRAL MOONが公演した際の映像が少しだが動画サイトYouTubeで見ることができる。
この小説、2013年に何と黒沢清監督で映画化されている。『リアル ~完全なる首長竜の日~』のタイトルで綾瀬はるかと佐藤健が主演した。
主人公姉弟を幼なじみの恋人同士に変更するなど原作を大幅に改変しており、原作ファンはビックリすること請け合いだろう。意味ありげだがよくわからないシーンの存在や、ラストがグダグダなこと、予告でちょっとネタバレしていること、エンディングテーマであるMr.Childrenの曲が映画の雰囲気に合っていないこと(曲自体は良い曲である)、首長竜登場の必然性が薄いことなど、ざっと思いつくだけでこれだけ不満が出てくるが、黒沢清監督ならしょうがないかな、という気になる。伏線もきちんと張られているし。
新人監督とかがこれやったらボロクソに叩かれてたんじゃなかろうか。
でも空中を漂うペンなどの美しい描写や、突然現れる死体などショッキングな場面も多く、映像的な見せ場は多い。首長竜のCGも(タイトル通り)リアルである。
綾瀬はるかはなんか人間ぽさがないなーといつも思っていたので、意識内の世界の場面ではそれがとても効果的だったと思う。気構えずに観れば感動するかも。
嫌な夢を見た後の現実は救いのように思える。逆に嫌な現実からの逃避で夢に逃げ込むこともあるだろう。楽しい小説を読み終えた後は楽しい夢を見れるだろうか。だといいんだけど。おやすみ。