ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]ラス・マンチャス通信

 

ラス・マンチャス通信 (角川文庫)

ラス・マンチャス通信 (角川文庫)

 

 

 作品ごとに多彩な世界を展開する平山瑞穂。本書はその平山瑞穂のデビュー作にして第16回日本ファンタジーノベル大賞受賞作である。その変幻自在な作風の原点はここにある、はず。しかしきっと読者は戸惑うに違いない。この小説は多彩な作風を持つ平山瑞穂そのものを表すかのように多面的な形を見せ、読者を幻惑の世界に誘い込むからだ。もはやファンタジーなのかホラーなのかも曖昧だ。

 

 何処にいても何をしていても僕を追ってくる「黒い染み(ラス・マンチャス)」。僕の行く手を覆うそれから、決して逃げることはできない。

 僕は常に正しく行動している。姉を犯そうとした「アレ」や、灰が降り続く町の「ゴッチャリ」、無為に過ごす「山荘」の日々――。様々なものが僕を待ち受けているけど、僕の逃げ場はどこにも、ない。

 奇怪でいて耽美、奇妙でいて美麗。この作者にしか描けない世界を作り上げ、日本ファンタジーノベル大賞選考委員の鈴木光司をして「選考委員になっていちばん面白かった作品」と絶賛させた。

 そこらのなまぬるいファンタジー小説と比べたらその雰囲気はひと味もふた味も違う。というか、違いすぎる。その異様なまでに独特な世界観はきっと何とも似ていない。

 

 ストーリーは何とも説明し辛い。それは5つの章に分かれていて、一応主人公の“僕”とその家族、そしてその周囲の人々を巡る物語らしきものがある。
 しかし、文章だけでは想像もつかないような謎の異形が次々と登場、さらにどことも知れぬ空間を描きだしていて、なんだか異世界みたいだがそこは紛れもなく現代の日本のようでもある。
 うーむ、なんとも説明し辛い。

 

 単行本版の帯には<カフカマルケス+?=正体不明の肌触り>というキャッチコピーが書かれているが、きっと版元の編集者たちもこの不思議な小説を一言で表すコトバを探すのに苦労したのだろう。
 でもカフカの不条理さ、マルケスの魔術的手法、そして平山瑞穂が繰り出す何か、それらが融合した独特の雰囲気というのは確かに言い得て妙だ。

 そんな感触の中、主人公である“僕”の視点から彼の成長が語られていく。

 

 何だかよくわからないうちに物語にぐいぐいと引っ張られて先へ先へと読み進んでしまう感じは、ドラッグのトリップ感にも似ているのかも知れない。やったことないけど。何と言うか、その目が眩む感覚の足元には確実に現実の世界があり、この世界と地続きの悪酔いというか、そんな感じにくらくらする。
 グロテスクになるギリギリの部分でグロテスクになっているようで、どうも読み手を選ぶ作品ではあるけど、これが新人の作品だというのだから驚かされる。

 

<ああ、自分は今、取り返しのつかないことをしつつあるな、と認識していた>

<地獄から抜け出す方法がわかっていながら、どういうわけか自力で抜け出すことができない>

 

 主人公は様々な町に移り住みながら、思わぬ事態に遭遇し不本意な人生を送っていくことになる。ストーリーは相変わらずよくわからないが、それでも僕は読み進めるうちに終盤ではすっかりこの主人公に感情移入してしまっていた。

 そして意外な事に、このまま振り切ってブン投げてしまうかと思いきやラストではある衝撃的な事件が起き、ある程度ドラマチックなクライマックスのようなものも用意されている。そしてそこでこれがあくまでも正気の世界での出来事であることを読者に再認識させるのだ。それはあくまでこの世界での正気であるのだけど。

 表現しにくいんだけど、この感じが平山瑞穂作品の持ち味なのだと思う。

 

 ダークな世界で生きていく主人公にまとわりつく「染み(ラ・マンチャ)」。外国で製作された映画のように現実感のない現実が浸食されていく。
 きっと本読みの玄人もうならせることは間違いない。どこでも味わえない小説体験を求める人に。闇の世界からの通信を平山瑞穂が届ける。

 

 2004年新潮社から単行本刊行。表紙イラストは田中達之。すごくこの本の雰囲気にあったイラストだと思うのだけど、作者のブログによると既存作品を使ったのだとか。驚き。2008年角川文庫から文庫化。表紙は榎本耕一のイラストに変更されてしまっているが、こちらもなかなかいい感じの表紙になっています。

 ちなみに詳しいことはわからないが、台湾や韓国でも翻訳出版されているらしい。