ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]STAND BY 宇宙に向かう使者達 THE MISSIONS TOWARD SPACE

 

STAND BY―宇宙に向かう使者達

STAND BY―宇宙に向かう使者達

 

 

 現在、民間企業による商業宇宙旅行も実現しており、宇宙はますます身近なものとなっているが、かつて宇宙開発は国家単位で運営されるプロジェクトだった。各国の宇宙機関は時には覇権獲得競争の様相を呈しながらも競って宇宙へ進出していったのだ。
 現在日本で宇宙開発を担う機関は宇宙航空研究開発機構(JAXA)であるが、かつては複数宇宙機関が存在し別々に研究開発を行っていた。以前よりその非効率性や縦割り組織の弊害が指摘されていた事もあり、2000年代初頭の省庁再編及び行政改革に伴ってJAXAに統合されている。

 

 本書は1992年に出版された写真家・上田健氏による宇宙開発現場の写真集である。同年には毛利衛氏が日本人として初めてスペースシャトルに搭乗し日本中で宇宙への注目が高まっている時期だった。
 上田氏は日本、アメリカ、ヨーロッパ、旧ソ連を取材しているが、日本ではJAXAに統合される前の3つの宇宙機関が取り上げれている。宇宙開発事業団(NASDA)、文部省宇宙科学研究所(ISAS)、科学技術庁航空宇宙技術研究所(NAL)である。古い宇宙ファンなら名前を聞いただけで「懐かしい!」となるのではないだろうか。

 

 宇宙開発の歴史は紆余曲折あった訳だが、やはり現場の人々の息吹や鼓動が伝わる多くの写真は見ているだけでワクワクする。

 現在日本の宇宙開発を主に担っているロケットはH-IIAH-IIBだが、本書ではそのルーツであるH-Iロケットの発射の様子や、その後継機で運用開始前のH-IIロケット(表紙)の姿等が納められている。技術者たちの真剣な眼差しや固唾を飲んで見守る報道関係者の様子に、冒険へ乗り出す意気込みを感じ胸が熱くなる。
 ちなみに恩納村にある沖縄追跡管制所(沖縄宇宙通信所)のパラボラアンテナの写真も掲載されている。

 

 上田氏自身による写真解説で彼は<私はロケットを自分のライフワークとして撮り続けながらも、いつもそれに関わる人間たちも撮りたいと考えて>いると述べており、その言葉通り、宇宙開発に携わる人々の生き生きとした表情は印象的だ。特に「Thanks to」として巻末に付された関係者らのポートレート集はみんな笑顔を浮かべていて、科学の最先端を担う宇宙開発もこんな普通の人たちの努力によって推し進められているんだなあとしみじみ思う。

 

 さて、本書では外国も取材しているのだが、これもなかなか貴重な写真が多く見応えがある。
 ヨーロッパ宇宙機関(ESA)はアリアン4ロケットが試験段階で、欧州版スペースシャトルと呼ばれた宇宙往還機ヘルメス(後に計画中止)のモックアップ(模型)も見える。このモックアップの側面には欧州各国の国旗も描かれているのだが、そこに描かれている国々を見るに国際協力の複雑さが垣間見えるようだ。
 また旧ソ連宇宙省(GRAVKOSMOS)ではバイコヌール宇宙基地の様子から大型ロケット・エネルギヤ、当時開発中のこれまた旧ソ連スペースシャトルと呼ばれた宇宙往還機ブラン(ソ連崩壊による政治的混乱の中で計画は消滅)の写真なんかが見える。うーむ、今となってはどれもこれも懐かしい。本当にみんな歴史的な資料だと思います。
 そしてアメリカ航空宇宙局(NASA)。何だかんだいって世界の宇宙開発を牽引してきた現場である。熱気がムンムンと伝わってくるようだ。一時期宇宙開発の主役級だったスペースシャトル(本家)の姿を中心に、当時「フリーダム」の名称で計画が進行していた国際宇宙ステーション用機材のモックアップなんかが取り上げられているのに時代を感じる。また毛利衛氏が搭乗したスペースシャトル・エンデバーの打ち上げと帰還の写真も掲載されている。

 解説で上田氏は<宇宙開発といってもこの本の読者の方の多くにとってはまだまだ、わーすごい、かっこいい、という感じのものでしかないかもしれません。確かに宇宙開発は、まだその目的を手探りしている状態で、今後の明確な行先が見えません。(中略)人類全体の宇宙開発の意味合いが明確になるのは、人類が再び月を踏む時でしょう>と述べている。宇宙開発はまだまだこれからだという時代の空気感が伝わってくるようだ。
 本書刊行から20年以上、人類は未だアポロ以来月に足跡を記してはいない。国家、民族、宗教間での対立が深まる現在の地球を見ると、人類が協力して宇宙へ本格的に乗り出す日はまだまだ先のように思える。その準備が整う「STAND BY(=スタンバイ)」はいつになるのだろう。毛利衛氏は初の宇宙飛行の後、「宇宙からは国境線は見えませんでした」という言葉を残しているのだが。

 

 巻末には「宇宙大元帥」のニックネームで親しまれたSF作家・野田昌宏氏(故人)の言葉が寄せられている。宇宙やロケット、そして上田氏への熱い想いを綴ったメッセージは、今でも私たちの心に強く響くものだ。