[読書]まだ旅立ってもいないのに
もうタイトルが素晴らしいよね。この後ろ向き加減が。
デビュー以降、マイナーな雑誌にちょくちょく作品を発表しつつもなかなか表舞台に登場しなかった福満しげゆき。自らの妻を取り上げたマンガで数年前に一気にブレイクしてからは、自身の日常をテーマにしたエッセイ的マンガ(というか「人生切り売りマンガ」?)で安定した人気を保っている。
この本はそんな福満しげゆきの初期作品集。1997年から2002年に描かれたマンガ11編が収録されている。
表題作以外にも、「子供が終る子供が泣く」「フカンゼン少年」「つまらない映画の中の君とつまらない映画の中の僕」「僕たちは残尿感を感じる為だけに生まれてきたんじゃない」「青春・夢・挫折・その他」など、タイトルだけでソレ系の雰囲気がビシバシ伝わってくる作品ばかりだ。
最近のエッセイマンガの中でもネタにしているように、売れていない頃はエロマンガなど描きながらそれでも自分は本当はすごいマンガを書きたいのだという気持だけは持っていたらしい。
独特な絵柄で思春期・青春期の鬱屈した精神状態を描きつつ、ギャグマンガとして笑いに変えてしまうという非常に屈折した当時の作風がこの本ではよく表れている。
モテる男への憎しみ。ヤリまくってる、しかもカワイイ女への怒りと欲望。そんなモテない男にしかわからないような負の感情(作者はあとがきで「マイナスのパワー」と呼んでいる)をほとばしらせつつ、世界に対し何もできない自分の無力さに失望するだけ。
そう、登場人物たちはほとんど世界に対して何もできない。というか自分が物語の主人公である事にすら自信が持てない。頭の中では様々な感情が渦巻いているのだが、それをバネに何かを成し遂げようという野望がある訳でもない。
ポジティブ思考で自分の道を切り開き、よりよい人生を歩んできたような人にはそんなデロデロした物語に共感はできないかも。というか共感したくないだろうな。
でもだからこそ僕はこの作品群にどうしようもないシンパシーを感じてしまう。そして愛しく思ってしまう。最近のちょい売れている福満しげゆきにはあまり親しみを感じないという人も、この作品集には感じるものがあるのではないか。きっとそんな人は僕と同じようにモテなくて情けなくてどうしようもない人なのだろう。
「…もう何度もダメだと思いながらうんざりしながら今までやってきた…………………… …死ぬまで続くんだよ…」(「まだ旅立ってもいないのに」)
そんな感じでダメな男のハートをわしづかみにする福満作品。最近のエッセイマンガはだいぶ絵柄が丸っこくなっていてちょっとほのぼの系の空気を出しているが(内容は全然ほのぼのしてないけど)、本書では鋭角な線が多く何とも圧迫感のある絵である。確かにこの頃はページ全体に異様な迫力がある。もう表紙からしてちょっと普通の女性は手に取らなさそうなオーラがにじみ出ている。
個人的にはでもこの頃の福満作品の方が面白い。最近のエッセイマンガも別な意味で面白いが、この初期作品群にはそれには無い異様な面白さがある。
ウジウジした主人公が自分を真剣に見つめ直すかと思いきややっぱり性欲に負けてしまうとか、そういう場面をギャグにしてしまうところが素晴らしい。
オチているのかよくわからない若干シュールな展開の作品もあるが、それはそれで何とも気まずいというかヘンな味わいがある。爽やかさとかそういうのは無縁な世界だ。
現実に絶望して逃げ出したいという思いが、荘子の<胡蝶の夢>のような哲学にまで達してしまう「知らないトコロの知らないロボット」は、もう現実逃避もそこまでいけばアリなんじゃなかろうかと思わせてしまうほどの負のオーラに満ちている。
「まだ何もはじまっていないのに… 僕はもうクタクタだった…」(帯より)
しかしまあ数年前に福満しげゆきがプチブレイクしてからはこの本をはじめ初期作品も売れているらしく、少しずつ版を重ねているようだ。ちょっと複雑な気分ではある。
とはいえ作者のそんな変化を楽しむのもなかなか楽しい。最近では作者もそれをネタにしている節がある。
くたびれて、さえなくて、無様な人たち。社会にうまく溶け込めないそんな人たちを見ていて、他人だと思えない気分になったら、まあ俺だけじゃないんだなと非常にネガティブな安心感が得られるかも知れない。
1人ぼっちの夜に、心の支えになるのはそんな安心感だけなのかも知れない。