ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]台風物語 記録の側面から

 

台風物語―記録の側面から

台風物語―記録の側面から

 

 

 今月11日から12日にかけて、僕が暮らす沖縄には台風6号が襲来した。沖縄県農林水産部によると、農林水産物の被害総額は葉タバコ等を中心に28億円に及んだとのこと。この時期の台風襲来は大きな爪痕を残している。

 5月に台風が襲来したのは4年ぶりだそう。また現在、台風7号も発生しており、5月上旬までに台風7号が発生するのは1951年の統計開始以降、最も早いペースなのだとか。何やら今年は台風が大暴れしそうな気配がありちょっと怖い。

 

 2012年の台風15号台風16号は、事前の予測ではそれぞれ観測史上最大級とされ、沖縄気象台が記者会見するという異例の対応にさすがの沖縄県民にもちょっと緊張感が走ったのを憶えている。実際過ぎ去ってみると事前の予測ほどの猛威はもたらされず、身構えていた人たちもやや肩すかしという感じだったが、しかし一般的に強い台風ではあった訳で、調べようなど無いのだが、そんな中で最悪の被害が出ずに済んだのは、もしかしたら僕ら素人にはやや過剰とも思えた気象台の警戒の呼びかけのおかげだったのかもしれない。

 

 そんな訳で、まったくもって台風の予測は難しい。

 年配の人は経験則である程度わかってしまうそうだが、気象庁は過去のデータをもとに科学的にその強さや進路を予測していく。もちろん最初から技術が確立していた訳ではないから、その過程は苦難の連続だった。今となっては当たり前になった天気予報が確立されるまでにも様々な試行錯誤があったのだ。我々には知り得ない部分で気象と格闘してきた先人たちの影の努力を知る事は、生活に欠かすことのできない天気というものを理解する一助になるかも知れない。

 

 本書は気象庁に勤務していた著者による台風をテーマにした本。台風をとっかかりに気象の研究の歴史をわかりやすく解説しており、「物語」とタイトルにある通りとても読みやすい。ヨコ組みで句読点は「、」「。」ではなく「.」「,」を用いている、いわゆる専門書として書かれており、内容もかなり専門的な事柄を扱っているのだが、著者の平易な筆致により素人でも容易に理解できるようになっている。
 目次をざっと見るだけでも面白そうな見出しが並んでいるのがわかる。
 「台風の定義と寿命0時の台風」「五輪台風(一番多く並んだ台風)」「世界の熱帯低気圧(台風とタイフーンの違い)」「最低気圧のレコードを持つ台風(昭和54年 台風20号)」「平安王朝文学と台風」……等々。

 

 実は1986年刊行と結構古い本なのだが(Amazonの表示では何故か1999年刊になっている)、それでもかなり面白く読めるのがすごい。そこには恐らく筆者が一般読者向けに興味を引くような話題を意図してチョイスするなどの配慮をしていた事が功を奏しているのだろう。その苦心が30年近くを経て生きているのだから理系の本だからって馬鹿にできない。

 例えばあのテレビや新聞の天気予報等でお馴染みの台風の予報円。台風の進路を予測する円形の図だが、実は1953(S28)年から1982(S57)年頃までは「扇形表示」と呼ばれる方法で台風の進路予想図を描いていた。文字通り扇形の図だったのだが、これも改善を重ね、観測精度が向上していく上で現在の円形の図に落ち着いている。それ以前には色々な表示の仕方があり、本書ではその変遷の様子も新聞の天気予報の記事を収録しわかりやすく見えるようにしている。

 それとは別に「新聞天気図と台風」と題した章もあり、新聞天気図の移り変わりを紹介したりしているのも興味深い。

 あと面白いと思ったのが「気象通報と台風」という章で取り上げられていた話で、1928(S3)年頃にそれまで「~ナリ」とか「~アリ」とか漢文調で発表されていた天気概況が、「デス・マス」調で発表されるようになったという。これなんか市民の間に天気予報が浸透していった証拠だなと思う。

 

 その他にも台風の名前に関する話題を取り上げていたり、時々「余話」として興味深いエピソードを紹介するなど、読者の好奇心を刺激する工夫が随所に凝らされている。これが専門書なのにも関わらず読み継がれている理由だ。

 防災意識も随分向上し、建築技術も発達した現代において台風による被害は過去に比べてかなり抑えられるようになっている。

 それでも毎年甚大な損害が発生していることを考えると、やはり自然の力は強大だ。気象庁はその被害を最小限に抑えるために日々悪戦苦闘している。予報が外れるとやたら非難されたりするが、それでもこれまでの積み重ねをもとに日本を守るための英知を結集している。そもそも予報が当たったからって褒められる事は滅多にないと思われるので、損な役回りではある。

 

 楽しみながら天気予報の歴史や気象の知識が学べて、天気関係の仕事に携わる人にはバイブル的な扱いになっている名著らしい。
 もう30年近く前に刊行された本なのでいかんせん取り上げられている記録が致命的に古いのが弱点なのだが、その内容は古びていない。気象は人類が誕生して以来ずっと付き合い続けている自然現象なのだ。古びる訳がない。この本で台風ならびに気象を学ぶことは現代においてもきっと意味があるのだろう。

 

 ともあれ、出版当時からずいぶん時間が経ち様々な事があった。最新のデータを追加した改訂版の『台風物語』が読んでみたいな、と思ってしまうのは贅沢なのかな。