ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]はい、こちら国立天文台 星空の電話相談室

 

はい、こちら国立天文台―星空の電話相談室 (新潮文庫)

はい、こちら国立天文台―星空の電話相談室 (新潮文庫)

 

 

 数日前、沖縄の地元新聞の一面になかなか衝撃的な記事が掲載されていた。

 沖縄県民の生活に深く関わっている「旧暦」が、2033~34年に破綻するというのだ。現在沖縄で使用されているいわゆる「旧暦」は1844~72年に日本で公式に使われていた「天保暦」なのだという。詳細は長くなるのでここには書かないが、この天保暦、2033年の冬至から翌年の春分にかけて閏月(ユンヂチ)が2つ生じ、どちらを採用するかのルールが無いため暦が作れなくなるのだそうだ。

 旧暦の正月(春節)を祝う中国では、政府が今でも公式に暦を作っているので恐らくこのような混乱は避けられそうだが、日本政府は旧暦には関知しないという立場で「民間で解決してくれ」という事らしい。

 うーむ、結構重要な問題だと思うがなあ。旧暦が決まらないと「六曜」(大安とか仏滅とかいうやつ)が定まらないからだ。だから新聞の記事でも婚礼業界がいち早くこの問題に動くのではないかと書かれていた。まあ商売に大きく関わるからね。

 

 この記事を読んだ時に僕が思い出したのがこの本だった。

 『はい、こちら国立天文台』は、東京大学地震研究所を退官後、東京・三鷹国立天文台広報普及室に勤務、自称「国立天文台の電話番」を1993年から2002年まで務めた著者によるエッセイだ。「月を見るにはどうすればいいですか?」「○○年の○月○日は何曜日ですか?」「初日の出は何時に見れますか?」様々な問い合わせが舞い込んでくる。宿題で星について調べている小学生、天体ショーについて情報が欲しいマスコミ、研究中の学生、ちょっとおかしな理屈をまくしたててくる人……事情は様々だが、そんな問い合わせにまつわるエピソードを紹介、それらを通して著者が科学や天文学にかける想いを語りかけている。

 

 いわゆる「お客様相談室」的な部署で働く人は相当ストレスが溜まると思うのだが、著者はなかなかの頑固ジジイで、元々理学博士という事もあり、対応が実に堂々としているというか、動揺しない。

 これくらいになるとそこらの若者など恐るるに足りないのだろう。「お客様」を腫れもののように扱う最近の風潮とは一線を画している。
 例えば電話で「絶対間違いないですか」と聞かれた時、「そんなの、要求する方が無理ですよ。天文学では昨日まで正しいと思っていたことが今日になって覆ることもありますから。同じ内容でも、解釈しだいで正しいとも正しくないともいえる場合もあります。こちらでは正しいつもりでご返事申し上げてはいますが、絶対正しいと保証することはできません」と突っぱねる。
 宇宙は不変ではない。刻一刻と変化している。まあその通りではあるのだが、なかなかできない対応だ。
 また何かあるたびに同じ質問をしてくるマスコミには、「バカのひとつ覚えのように『前回は』『次回は』と質問を繰り返すよりも、内容をもう少し考えて、整理してから質問してもらいたい」と語る。国立天文台は公的な施設だから、ある限りの情報を提供するのが当然でしょう、という相手の態度には内心で腹をたてる(絶対態度にも出ていると思う)。
 痛快ではあるのだが、果たして公務員でなく民間企業の広報窓口がこんな態度をとっていたらその会社はどうなってしまうかな?とも思う。

 ともあれそれくらいの図太さがなくてはやっていけない職場ではあるのだろう。公的機関だから福利厚生に潤沢な予算をとれる訳でもないだろうし、ストレスやプレッシャーに押し潰されないというのはそれだけで適性なのだろう。

 

 そして著者はそんな仕事を通して宇宙や天文の魅力について語っていく。天文学者というとロマンチックな人たちだと思われがちだが、その現場には普通の人たちが働いていて、普通に暮らしているのだ、と説く。そしてそんな人たちが築いてきた天文学という科学の楽しさや面白さ、そして科学的な立場でものを見る事の大切さを語る。

 話の内容は星座にまつわる伝説から、海外の教育事情に至るまで幅広い。「午前12時/午後12時」についての考察は僕らの生活に深く関わることであるからずいぶん引き込まれてしまった。石垣島の女の子から彗星の写真がどうしても欲しいという内容の電話がかかってきた時のエピソードも微笑ましい。著者はこの子に特別に写真を送ってあげるのだが、そのお礼にとサーターアンダギーが送られてきたそうだ。東京から遠く離れた島との小さな交流だが、この女の子がこれをきっかけにますます宇宙に興味を持ってくれていたらいいな、と思う。

 

  で、話はようやく最初に戻るが、この本の中で著者が旧暦について書いている部分があるのだが、著者は旧暦なんか無くしてしまえと少々乱暴に言い切っている。確かに科学的には2つの暦が併存するのは好ましくないし無意味であるのは分かるが、人々の生活に深く関わっている暦をバッサリ切り捨てるような言い方はどうなんだろうと思ったものだ。

 天文台という科学の先端にある施設だからこそ、人々の暮らしにも寄り添ってほしいな、とは個人的な願いである。

 まあそんな部分もあったりするが、天文台の仕事やそこで働く人たちの姿が垣間見れて楽しい本ではある。

 

 ピロピロピロピロ……。

 今日も国立天文台広報普及室の電話がなる。今回はどんな内容の電話だろう。ひと呼吸置いて受話器を取る。一本の電話から始まる小さな物語。


 2001年に地人書館から刊行された『天文台の電話番』の改題・文庫版。