ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]この不思議な地球で 世紀末SF傑作選

 

この不思議な地球で―世紀末SF傑作選

この不思議な地球で―世紀末SF傑作選

 

 

 1996年に刊行されたアンソロジー『この不思議な地球で』は、巽孝之の選による<ポスト・サイバーパンク決定版>という位置づけらしい。20世紀終盤に世界のSFに巻き起こったサイバーパンク・ムーブメント以後を俯瞰する、労作アンソロジーだ。

 

 ともあれ当時はSFの最前線を詰め込んだ魅惑的なアンソロジーだったのだろうと思うが、今見るとその作品の空気にはやはりどこか「すら感じてしまう。

 ミレニアム(西暦2000年)の狂騒、21世紀への突入、そしてそれとほぼ時期を同じくする9・11の衝撃。これらを経験した僕らが、再度世紀末のSFを見渡すことにどんな意味があるのだろう。21世紀もすでに15年が経過しようとしている。僕らはいつの間にかとんでもなく遠いところに足を踏み入れてしまっている。

 収録作品は次の通り。

 

「スキナーの部屋」

 (Skinner's Room/1990/W・ギブスン/浅倉久志訳)

「われらが神経チェルノブイリ

 (Our Neural Chernobyl/1988/B・スターリング/小川隆訳) 

「ロマンティック・ラヴ撲滅記」

 (The Eradication of Romantic Love/1990/P・マーフィ/小谷真理訳)

「存在の大いなる連鎖」

 (Great Chain of Being/1990/M・ディケンズ後藤和彦訳)

「秘儀」

 (The Secret Sequence/1995,1996/I・クリアーノ&H・ウィースナー/秋端勉訳)

「消えた少年たち」

 (Lost Boys/1989/O・S・カード/風見潤訳)

「きみの話をしてくれないか」

 (Tell Me About Yourself/1973/F・M・バズビー/北沢克彦訳)

「無原罪」

 (The Immaculate/1991/S・コンスタンティン増田まもる訳)

「アチュルの月に」

 (In the Month of Athyr/1992/E・ハンド/浅羽莢子訳)

「火星からのメッセージ」

 (The Message From Mars/1992/J・G・バラード/巽孝之訳)

 

 現代SFを代表する錚々たる作家たちの作品が並ぶ。名前を見ただけで20世紀を表現するのに最適な作家ばかりだとわかる。ちなみに収録作品中「秘儀」、「きみの話をしてくれないか」、「アチュルの月に」、「火星からのメッセージ」が新訳である。

 全体を通して読み進めていくと、新たな世紀への期待とか、不安とか、願望とか、幻視とか、そういったものが作中に書き込まれているのを読み取ることもできるかも知れないが、それも今となっては後付けだ。2015年にもなればいくらでも穿った見方でこれらの作品を眺めることができてしまう。


 20世紀後半に「ニュー・ウェーヴ」と呼ばれるムーブメントを牽引したSF作家J・G・バラードは「唯一の未知の惑星(エイリアン・プラネット)は地球だ」と語り、そこを探検していった。そしてこのアンソロジーの編者・巽孝之は「不思議な地球(エイリアン・プラネット)」の奥深く、「世紀末」という興味深い領域へと探検を進めていく。

 戦慄すべきヴィジョンを描きだすSF群。橋の上に築かれた文明、生命を得たかのようなコンピュータ・ウィルス、誘拐された少年たち、仮想現実。混沌とした、様々なイメージが新世紀を挑発するかのように鮮烈に瞬いていく。思ったより作品のタイプの幅が広くて驚いた。

 特に本の後半では、死姦や性奴隷といった退廃し歪んだ性のイメージが世界を覆う。これらを読んでいると、SFが進化していく中においてはセックスというタブーとそれに伴うテクノロジーの飛躍が、20世紀のある重要なテーマであったのかな、と思う。

 

 作品それぞれの重要性もさることながら、20世紀末に「その時点から見た20世紀」の空気感をアンソロジーで刻み残した編者・巽孝之の労力には恐れ入る。

 アンソロジーの役割は書籍化されにくい小説を紹介していく事の他に、そこにもあるのだろう。

 だから今この本を読み返すことにはもちろん意味がある。21世紀のはじまりが終わり、9・11以降の変容した世界を生き抜いていくしかない僕らにとって、世紀末が描いた未来のヴィジョンは何らかの新たな道筋を示してくれるのではないか。
 世紀末そして新世紀という時代を経験した僕らが、歩む道を。