[読書]100年の難問はなぜ解けたのか 天才数学者の光と影
100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影 (新潮文庫)
- 作者: 春日真人
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2011/05/28
- メディア: 文庫
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フランスの数学者アンリ・ポアンカレが、1904年に発表した論文の中で提起した難問。通称「ポアンカレ予想」。その後、その証明に多くの数学者が挑み、敗れ去っていった。
そして発表から100年を経た21世紀初頭、ロシアの数学者グリゴリ・ペレリマンがついにその証明に成功、数学界のノーベル賞と呼ばれる「フィールズ賞」を受賞する。しかしその後のペレリマンの行動が数学界のみならず世界を騒然とさせる事になる。
何とペレリマンはフィールズ賞の受賞を拒否。またこの問題の証明にかけられていた懸賞金100万ドルも受け取らなかったのだ。
世界が衝撃をうける中、ペレリマンは世捨て人として人前から姿を消してしまう。やがてある噂が数学界に流れ始めた。
「ペレリマン博士は数学の世界を離れ、サンクトペテルブルグの森で趣味のキノコ狩りを楽しんでいる」
一体ペレリマンとは何者なのか。ポアンカレ予想とは何だったのか。それを検証したNHKのドキュメンタリー番組を書籍化したのが本書である。スタッフは数学の世界を右往左往しながら数学者の本質に迫っていく。
この番組を制作したスタッフは皆数学に関しては素人らしい。彼らは本書中で何度もポアンカレ予想については完全には理解できないという旨の事を書いている。だがそれが逆にこの問題の魅力を物語っている。
そう、それでも彼らを突き動かしたのは、数学という世界の面白さである。難問に挑み一生をなげうった学者たちの情熱に触れるたび、数学の何がそこまでさせるのかという興味がわいてくる。
ポアンカレ予想とは、すごく簡単に表現すると<単連結な三次元閉多様体は、三次元球面と同相と言えるか>というものなのだそうだ。
僕も数学はとんと苦手なので、これは日本語なのだろうかと既に頭が痛くなってくるが、実はこれは宇宙の構造にまで関係してくるとても面白い命題なのだという。本書でも現役の数学者が登場してわかりやすく問題の中身を説明してくれている。これでポアンカレ予想の表面だけにでもとりあえず触れられる。
この問題が100年にわたり数学者たちを悩ませることになる。証明の一歩手前まで進みながらもたどり着けなかった者、あまりの難問に中途で諦めた者。生き様はそれぞれだが、彼らに共通しているのは数学で世の中を解き明かすことへの情熱である。
ポアンカレ予想の証明に一生を捧げたギリシャ出身の数学者、パパキリアコプーロスが同僚に告げた言葉が印象的だ。
<若い頃にギリシャに恋人がいたが、両親に反対されて諦めた。アメリカに来て以来、この有名で偉大な問題に自分を捧げなければならないと感じ、それが生活の中心になっている>
<これが解けたら、祖国に帰って自分に合う女性を探せるかもしれない。そのためにもポアンカレ予想を早く証明しなければ>
結局彼はポアンカレ予想の前に敗北した一人として一生を終えてしまうのだが、この言葉に数学者の人間的な一面を垣間見た気がする。ストイックに難問に取り組む彼も、胸の内に強い感情を閉じ込めていたのだ。同僚の数学者は言う。
<彼がもし違う人生を選んでいたら、きっと女性を幸せにしていたことでしょう>
この言葉に僕は泣きそうになった。
なぜ人々はここまで数学の難問に惹かれるのか。ポアンカレが書き残した言葉がその本質を表しているかも知れない。
「Mais cette question nous entrainerait trop loin(しかしこの問題は、我々を遥か遠くの世界へと連れて行くことになるだろう)」
数学者たちは数学を通してもっと遠くの世界を目指している。
本書を読み進めていくうちに感じるのはフィールズ賞というものの存在の大きさである。4年に一度だけ与えられ、過去70年の間に44人にしか授与されていないフィールズ賞。それが数学界で果たしてきた役割の大きさが良し悪しを含めて描かれている。
そんなフィールズ賞の栄誉に背を向けたペレリマン。スタッフたちがある人物を通して彼とコンタクトをとろうとする本書終盤はすごい緊迫感だ。果たしてスタッフたちはペレリマンに会う事ができるのだろうか。
数学者たちの姿を通して数学の世界の面白さと魅力を取材した本書。「トポロジー」等数学の勉強も少しできるし、数学は高校以来という人でも面白いと思う。ロープ1本で地球が丸い事を証明する方法、とかね。「ミレニアム懸賞問題」なんてのも興味深い。
恐れることは無い。身一つで数学の世界の奥深さに飛び込もう。
単行本は2008年にNHK出版から『NHKスペシャル 100年の難問はなぜ解けたのか 天才数学者の光と影』として刊行されたが、売れ行きが良かったのか2011年には新潮文庫で文庫化されている。こういう本が売れているのは良い事だと思う。