ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]琉伽といた夏

 

琉伽といた夏 1 (ヤングジャンプコミックス)

琉伽といた夏 1 (ヤングジャンプコミックス)

 

 

 遠野貴士と弥衣の兄妹はごく普通の高校生だが、ある夏の日、運動場に出現した謎の光に襲われ弥衣は意識を失ってしまう。幸い大事には至らなかったが、その日から弥衣の挙動に不審なものを感じるようになる貴士。そしてついに弥衣は語り始める。自分は未来から来た存在で弥衣の身体を借りている「琉伽(ルカ)」である事。同じく未来からこの時代にやってきた敵「T・T」を追っている事。
 そして貴士たちの日常は一変してしまう。「T・T」も誰かの身体に憑依しているという。誰が敵なのか。そして琉伽の本当の目的とは。

 

 マズいと思いつつ妹である琉伽(弥衣)に魅かれていく貴士。流行りなのかちょっと妹萌えな設定を取り入れているものの、話がシリアスなのでどうもそういう「萌え」な展開になりにくい。
 というか作者が筋金入りのSFマニアというだけあって、ストーリーは人類の存亡をかけたスケールの大きなものになっていく。本人の思惑とは関係なく戦いに巻き込まれていく主人公たち。アクションとサスペンスに溢れたSFコミックだ。
 なにしろ各話のタイトルが名作SF小説からとられている。第1話が「夏への扉」なのはお約束として、第6話「時間旅行者は緑の海に漂う」や第8話「MOUSE」、第15話「雨がやんだら」、第25話「一人の中の二人」など、なかなかツボを押さえたセレクトだ。最終話が「ハローサマー・グッドバイ」なのも見事。
 巻末では各話のタイトルの元ネタになった小説をわざわざ紹介する徹底ぶり。作者と編集者がこのマンガとSFの魅力について対談する悪ノリぶりも楽しい。

 牧野修(1巻)、瀬名秀明(2巻)による解説も必見で、特に瀬名秀明による解説「そしてあの夏は永遠になる」は夏という季節の持つ魅力とSFが持つ魔力、そして物語に没頭することの至福を書き切った名文。

<誰にでも、一生のうちで特別な夏がある。大人になってからの夏ではない。おそらくそれは10代の時期だ。もちろん一年経てば同じ季節が巡ってくるのはわかっている。でもそのときには自分も友達も、そして周囲も、すべて状況が変わってしまう。[中略]だからその夏はぼくたちにとって、一生忘れられない特別なものになる>

 理知的に作品の解説を冷徹な目で書いた牧野修の解説「読んで震撼せよ」もまた違った角度で読者を魅了する。

 

 しかしこの作者の特徴なのかこの作品だけなのかはよく分からないが、作中でのキャラの外見の変化が非常に激しい。同じキャラでも回によって全然違う感じになることがあり、それだけならまだしも急にまた元に戻ったりするのである。まあそれでも内面の描きわけはしっかりされているので混乱することはあまりないが。

 

 ストーリー自体は、「これは一体どういう事なんだ!」と序盤からさんざん引っ張って引っ張っていくので、真相が明らかになった時には「あ、そういう事ね……」と若干の肩すかし感を食らうかも。まあ作者はジュブナイル小説的な物語を作ろうと意識していたようなので、そう考えると狙い通りの展開かも知れない。
 それに冒頭からキチンとラストに向けて組み立てられているので、あの伏線はこういうことだったのかというカタルシスも得られる。ただ後半で一度クライマックスを迎えた後の間延びはいかんともし難い。ここで緊張感を持続させられたら物凄いマンガになっていたのではないか。

 

 未来をかけた戦いは平凡な兄妹を残酷に引き裂いていく。夏は、特別な季節。孤独に人類の未来を背負い戦う戦士たちは夏空を見上げ何を思うのか。
 ちょっと科学考証が強引な部分があるが、人類の夏を守るための戦いというのは面白い。タイムパラドックスの部分など膨らまそうと思えばいくらでも膨らみそうなものだが、そこはジュブナイルである、あまり突っ込まず適度なところで抑えられている。それでもずいぶん大きなスケールの物語だが。
 空間的には町内と兄妹の通う高校の中だけでほぼ物語は進行するのだけど、時間軸は非常に大きく広がっていく。
 「今」がどこへつながっていくのか。きっと一人の人間に答えなどわからない。

 

 敵を追って日常に飛来し、また人の中に入り込む異質な存在といえばSFファンならハル・クレメントの名作SF小説『20億の針』を思い出すかも知れない。作者のSFマニアっぷりからすると絶対意識していると思うのだが、このマンガはその青春版といった感じか。その他にもSFファンならピンとくるような小ネタが随所に散りばめられているのも楽しい。

 山のふもとの小さな町。そこで展開された優しく哀しいひと夏の物語。これは個性的で忘れられないキャラたちと出会える物語だ。全4巻。