ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]〔少女庭国〕

 

  

 変わったタイトルだが、「しょうじょていこく」と読む。「少女庭園」でも「少女帝国」でもない。このタイトルにはどんな意味が込められているのだろうか。

 羊歯子は薄暗い奇妙な部屋で目覚めた。おかしい、ついさっきまで講堂へ続く廊下を歩いていたはずなのに。
 彼女は立川野田子女学院の中学3年生。その日は卒業式の当日で、その会場である講堂へ向かっていたのだ。
 部屋には2つの扉がある。そのうちの1つには貼り紙が。そこには校長の名前で次のような文言が書かれている。

<下記の通り卒業試験を実施する。ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ>

 そしてドアを開けるとそこにはまったく同じ部屋があり、別の卒業生が横たわっていた。ドアの開けられた部屋は2つ、生きている卒業生は2人。卒業試験を通過するには1人が死ななくてはいけない。そして2番目の部屋の向こう側にはさらなるドアが。

 つまり、部屋を1つ開けるたびに少女が1人増えるため、条件を満たすには1人が生き残り他はみんな死ぬしかない訳だ。謎の状況に放り込まれた少女たちはやがて驚くべき運命をたどっていく。
 非常に魅力的な設定である。さしずめ映画『CUBE』+『バトル・ロワイアル』といったところか。しかし読者のそんな予想を覆し、物語はとんでもない方向へ進んでいく。

 あまり詳しく書くと興を削いでしまうが、これだけは先に言っておいた方がいいかも知れない(いずれにしても読み始めてすぐに気づくはず)。この小説は奇怪な状況の謎を解き明かすミステリー小説ではないし、十代の子供たちが殺戮を繰り広げるバイオレンス小説でもない。ましてやライトノベル風の表紙イラストを見て想像するような青春小説でもない。
 これはカフカ的不条理の悪夢の中で、文明や社会を戯画化するとんでもない試みである。簡単に言えばヘンな小説である。
 僕はヘンな小説も結構楽しめる質だが、そんな僕でもこの小説にはとても困惑してしまった。だから普段から小説を読み慣れていない人や、論理的な説明を期待していた人なら「なんだこれ!」と怒るか呆然とするか投げ出すかしてしまうだろう。それは覚悟しといた方がいいかも。
 作者の矢部嵩は2006年に『紗央里ちゃんの家』で第13回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞しデビュー。デビュー作でも「最低!」「つまらん!」「狂気だ!」「素晴らしい!」「最高!」と真っ二つの評価を巻き起こした賛否両論な作家である。ダメな人はまったく受け付けないだろうなあ。

 閉鎖空間の中で少女たちに与えられるルールは意味不明だが、そのルールの中で少女たちは行動していくしかない。冷静に考えるとかなりエグいというかえげつないというか凄惨な場面も頻出するのだが、作者はあえてドライに描き、意外にも嫌悪感は感じない。おお、そうするか、位の感想しか抱かない。
 そしてそれが更に不気味度を高めている。このあっさりし過ぎているほどあっさりした冷徹な視点は何者なのだろう。終盤まで読み進めると、この「記述者」の存在に空恐ろしさを感じるだろう。それこそがタイトルの「庭」が意味するところなのかも知れない。物語空間そのものが箱庭なのかも。

 気付かずに読んでしまうが、ふと考えると物凄く恐ろしいホラーな小説である。
 作者はそこまで緻密に計算して書いているようにも見えるし、行き当たりばったりに書いているようにも見える。まあさすがに行き当たりばったりって事はないだろうが、直感で書いているのか狙っているのかは気になるところだ。

 またページ数はそんなに多くはないが、単語一つ一つは平易なのに妙にクセのある文体で書かれているので、読み進めるのになんだかしんどさを感じると思う。改行の仕方や読点・句読点の使い方が妙なところがある。女子中学生の口調そのままで書かれている部分なども読みにくい。「謎い」( p37)とか、「よくわからない」の意味だと思うが。
 ほとんどの女子中学生たちの名前は「子」がつく凡庸な名前だが、中には明らかに適当につけたと思しき名前もあり、どこまで真剣なのかよくわからない。作者にとっては生徒たちの個人名などどうでもいいことなのか。個体識別することは重要ではないのだろうか。

 明確な答えの無いまま物語は唐突に終わる。それは「良い」終り方なのか「悪い」終り方なのかさえ判然としない。釈然としないまま読者は本を閉じるしかないが、僕は何故かもの寂しさを感じてしまった。恐らくどう感じるかは読み手によってまったく違うと思う。
 読み終えた後、表紙から想像する内容と全然違ったなあこりゃ詐欺だよと思いつつカバーをよくよく見直すと、描かれている少女たちの手にはナイフや爆弾が握りしめられている(イラストはloundraw)。なるほど、確信犯だったのか。

 作者は人を不快にさせる天才か、それとももの凄い奇才なのか。まあ両方なのかも知れないが、これほど先の展開が読めない小説はあまりない。