ペイル・グリーン・ドット/読書日記

本の紹介とか、読んだ感想とか書いてます。国内外のSF小説が多いです。PCで見る場合は、画面左上の「ペイル・グリーン・ドット」をクリックして、「記事一覧」を選択すると、どんな本が取り上げられているか見やすいと思います。

 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]あなたは しにました

 

あなたはしにました (新潮文庫)

あなたはしにました (新潮文庫)

 

 

 『ドラゴンクエスト』というゲームはやっぱり偉大だったんだなあと思わされるのが、このファミコンソフトを通じて同年代の人たちと共通の思い出を持てている事である。まぁあの頃はゲームの黎明期で業界が異様なポテンシャルを持っていた事もあり、またソフトの絶対数も今より少なかったし、しかも幼少期の僕らにとって世の中の娯楽なんて限られていたから同じようなものに夢中になるのは必然的ではあるけど。
 でもそこまでゲーマーではなかった僕でさえ、子供の頃にこのゲームで遊んだ記憶があるし、印象に残っている台詞も多い。今でもトラウマな「おきのどくですが ぼうけんのしょ○ばんは きえてしまいました」や、冒険の始まりを告げる「おきなさい おきなさい わたしのかわいい○○や」なんかは皆よく憶えているんじゃないかな。
 そして「あなたは しにました」もPRGではお馴染みの台詞。現実世界ではまず聞く事のないであろうこの台詞だが、僕らはこの言葉だけである感情に浸ってしまう。
 それを一言で表すのは難しい。悲しいというか切ないというかやりきれないというか、でも絶望ではないのだな。それはゲームの中ではやり直しがきくからだ。

 川又千秋の『あなたは しにました』は、そんなゲームの世界をサラリーマンの世界と重ね合わせた不思議な小説。朝起きてから会社へ出勤。ミッションをクリアするためには様々な選択肢を適切に選びつつ、トラップを潜り抜けなければいけない。
 人生なんてまあ、ゲームみたいなもんである。ゲームなんて所詮遊びなのだから、人生なんて遊びみたいなものなのだ。一つだけ違うのはやり直しがきかないところ。人生をしくじってしまったら「おお○○ しんでしまうとはなさけない そなたにもういちど きかいをあたえよう」とはならず、完全にゲームオーバーであるところ。何だか寂しくなるな。
 それは言いすぎかも知れないけど、でも会社なんて、さも重大事のように扱われているけど、使命を与えられてそれを遂行するために四苦八苦するという点では本当にゲームと変わらない。それくらいの気持でいいんじゃないかな。会社では「死んだ!」と思っても意外と何とかなっちゃったりするし。8ビットの風景に自分が溶け込んでしまう感覚。ああ、ファミコンって何であんなに楽しかったんだろ。

 この本は短編16編+オマケで構成されており、それぞれ4編ずつ4つのパートにわかれている。4つのパートはゆるやかなテーマで括られているけど、表題作はPART4の「それでは、もういちど」に収録されている。ゲームを当時かなりやりこんでいたらしい作者(川又は後にマンガ「ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章」の原作を手掛けることになる)の趣味が強く反映された短編だが、アイロニカルな笑いの中に一抹の寂しさを感じさせる所が奇妙に余韻を残す。作者は日本SF大賞を受賞したこともある大御所のSF作家だが、本書では遊び心の中にチクリとした風刺と人間の悲哀を忍び込ませている。
 その他の収録作も日常からちょっとズレた世界での少し不思議な感覚の作品ばかり。ある日突然自分の分身が表れた男のそんなに変わらない毎日や(「分身」)、蒸留酒の歴史に隠された秘話(「蒸留伝説」)、学生時代の甘酸っぱい想い出(「初恋の街」)、世界的なミステリー・ケネディ暗殺の真相(「ケネディは、いま」)など比較的軽めの短編ばかりだ。SFに馴染みが無い人でも読みやすいと思う。
 この本が出た頃(1987年。「ドラゴンクエストIII」の発売直前だ)の新潮文庫は、こういう感じのSFものを良く出していて、巻末のリストを見るとかんべむさし梶尾真治なんかがラインナップされている。

 時代だなあ。まあこの頃の僕は冒頭に書いた通りファミコンで遊んだりしているガキだった訳だが。
 本書の中でも異色なのが「猫文法」。猫とのコミュニケーションを図ろうとする「僕」が目にしたものは……本書の中ではちょいと長めの短編だが、読んだ後のモヤモヤ感が何とも言えない。微笑ましいような狂気じみているような謎の雰囲気である。
 あと印象に残った「終末回線」はうすら寒い恐怖感をおぼえる短編。次第に状況が明らかになっていく構成にうならされるが、内容も衝撃的だ。一番SFっぽかった。
 
 そしてラストを飾るのがボーナス・トラックのパロディコミック「ねじ式クエスト」。あのつげ義春の名作マンガ『ねじ式』を川又流に(というか、「あなたは しにました」流に)アレンジ。「メメクラゲのこうげき!」で既に爆笑である。たった4ページのコミックだけどインパクトは凄い。遊びすぎな感じもするけど。

 『ドラゴンクエスト』には主人公は何回も生き返るくせに、他人の死体については「へんじがない ただのしかばねのようだ」の一言で片づけるドライさがある。それくらい冷めた目で世の中見るのがいいのかもね。