ペイル・グリーン・ドット/読書日記

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 田宮さんはああ言っていたけれど、ちっとも痛くなかった。そして、頭のなかでラムネの泡がはじけるみたいにいろんなものがぱちぱち壊れてしまった。
 そして、ぼくたちはすこし馬鹿になった。

北野勇作『どーなつ』


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[読書]あの日の僕らにさよなら

 

あの日の僕らにさよなら (新潮文庫)

あの日の僕らにさよなら (新潮文庫)

 

 

 この本は2007年に新潮社から『冥王星パーティ』のタイトルで刊行された。

 その前年の2006年、国際天文学連合総会の議決により惑星から準惑星に「降格」して話題になった冥王星。ひとつの星が「降格」することなんてあるのかと驚いた人も多いと思う。文庫化の時にタイトルは変えられてしまったが、実は僕はこの冥王星ってやつが結構好きである。 

 太陽の光もほとんど届かないような遠い彼方で、小さな(でも冥王星と比べたら結構デカい)衛星を伴ってひっそり公転している太陽系の寂しがりや、そんなイメージがあるからだ。

 

 ある日、桜川衛はネット上であるサイトを見つけ愕然とする。そのサイトで自らのあられもない画像をさらしている女性はshoko tsuzukiと名乗っていた。……彼女はひょっとしてあの「都築祥子」なのだろうか?
 そこから物語は遡り、県立高校の女子生徒である都築祥子の物語が始まる。
 祥子は家が薬局で、母親がいないため父親と二人暮し。読書好きで同級生の男子生徒にはどうも興味がもてず、友人の榛菜との日々を特に不満も感じずに過ごしていた。
 そんな祥子の人生に変化をもたらしたのが榛菜の紹介で出会った別の高校の男子生徒・桜川衛だった。
 祥子と同じく本好きの衛はやがて祥子の生活に何らかの影響をあたえていくが、この関係をどう捉えればいいのか祥子自身にもよくわからない。やがて祥子と衛の人生を変える事になる一夜が訪れるのだが……。

 

 恋愛小説のようでいて恋愛小説ではない。祥子はいろいろな男性との出会いを経て何かを学んでいくが、同じ失敗を繰り返しているようでもある。
 人生がいつも自分が考えているのとは違う方向に行ってしまう。泥沼にはまりこんでしまう。そのきっかけになるのはいつも「男」だった。
 彼女に限った話ではない。男も女も、恋愛という迷走を繰り返してみんな成長していく。それは後悔の繰り返しであったり、わかっているけど踏み込んでしまう危なっかしさだったりする。
 祥子は決して馬鹿な女ではない。彼女は非常に聡明でしっかりした女性なのだが、いつもおかしな方向に人生を踏み誤ってしまう。
 ラストで彼女は自分についてある結論を下すのだけど、僕にはそれは彼女だけでなくすべての人に当てはまる結論だと思えた。

 さ迷った果てにたどりついた場所。それは暗くて寂しい所だったのだが……『冥王星パーティ』というタイトルの意味は終盤近くで明らかになる。
 いろいろな人物が登場して、それぞれの人生を歩んでいくのだが、この小説は二人の人物が別々の軌道を描きながらお互いの人生を大切に抱きしめる青春小説なのである。
 みんな一生懸命生きていて、それぞれ一番良いと思った選択をしているのに、互いに望まない結果を招いてしまう。辛いことをたくさん経験して何もかもすべてに絶望したけど、それでも一歩ずつ前進していく。

 

 著者のブログの2012年12月23日の投稿でこの文庫の事について触れられている。かなり思い入れがある本のようで、その気持が切々と綴られているので読後に読むと感慨深いかも。

 ちなみにそのブログで著者は<これは、ある意味での訣別の物語である。ただそれは、終わりを意味する別れではない。不器用だった青春時代のつまずきや、それが原因で自分の中に抱え込むことになってしまったこだわりやトラウマなどに区切りをつけ、あらためて未来へと足を踏み出していくための、せつないけれどすがすがしい訣別なのだ>と述べている。

 単行本の売れ行きが芳しくなかったにも関わらず新潮社内の平山瑞穂支持者が頑張って文庫化してくれた話なんかは何か泣けた。

  タイトルも『冥王星パーティ』という言葉が好きだったけど、書店での売れ行き等を考慮して仕方なく変更したという事が書いてあって、僕も元のタイトルが好きだったのでなんか嬉しくなった。まあ『あの日の僕らにさよなら』もいいタイトルだとは思うのだけど。

※ちなみにPHP文芸文庫から今年刊行された『夜明け前と彼女は知らない』の帯を見ると、<10万部突破の『あの日の僕らにさよなら』の著者が描く注目作>と書かれているので、改題した効果でそれなりに売れたようだ。さらにややこしいことには『夜明け前と~』も単行本で刊行された時からタイトルが変更されている。

 

 冥王星は惑星からは降格してしまったけど、決して太陽系の仲間はずれになった訳ではない。その数奇な運命に翻弄されて、いろいろあったけど、今でも太陽系の果てでしっかりと軌道を描いて回り続けている。僕はやっぱりそんな冥王星が好きだ。「プルート」というかわいらしい名前の響きも愛しい。
 冥王星と同じくらい、運命に翻弄される祥子だけど、彼女の軌道の先には何が待ち受けるのだろう。

 

 終盤は、うーむそうきたか……という感じの展開を見せる。いろんな事があって、人生のやり直しなんてできないんだけど、前進することはいくらでもできるのだ。読後少し元気がでる青春小説だ。